中島省三の湖畔通信

マザーレイク

2016/06/23

雨の上がった湖岸を自転車で何時もの様に走った。今日は晴れを予感できる琵琶湖の風景が広がっていた。友人と京都に出かける約束もあり湖岸サイクリングも少し短めで切り上げた。友人の車で京都に向かった。ランチは友人の知り合いの店へと・・・・その店は京都錦市場にある韃靼そばを食する事が出来ると聞き、もの珍しさも感じて出かけた。錦市場は伊藤若冲生誕300年を祝した飾り幕が若冲の絵を生かしたデザインで迎えてくれた、今、若冲ブームで美術館は280分待ちとニュースが伝えていた、若冲の生きた時代は今よりも自然に対して畏敬の念をもっていたと、もちん若冲も自然に対して畏敬を表して見事な植物、動物、の絵を描いたと思っているが、今の時間の中では自然に対して畏敬の念を抱かなくなった現代人が300年の昔の時間を想像する事が出来るのかと考えた。若冲の生まれたと言われている錦市場界隈から僕は300年前のこの場所を想像することは出来なかった。韃靼そばを頬張りながら二階から錦市場の賑わいを見ながら若冲の生きた時代はどの様な時代だったのかと思いを巡らした。

午後は知人から今、上映されている映画、マザーレイクを見て感想をと・・・言った本人が見るのが一番と思いながら、足取りも重く浜大津アレックスシネマへ向かった。映画館のある4階より見る琵琶湖は僕の予想通りに晴れ渡りマザーレイク状態だ、別に映画も見る必要も無いと少し躊躇した。映画は時間通りに始まった、期待していない映画を見るのも久しぶりで、かえって新鮮味も感じた。映画は単調な展開ではじまった、僕は地元で琵琶湖の事に関しては詳しいと自負している、カット代わりの絵の繋がりには不自然さを感じて其の時点で白けてしまった。映画を批評する気はありませんが・・・最後まで見た自分が気が長くなったと感じた、何時もなら途中で出ていたかもと思いながら見終わった、そして外にでると梅雨明けかと勘違いするほどの晴れた琵琶湖が目の前に広がっていた。これこそがマザーレイクと体で琵琶湖を感じた。

映しこまれた時間

2016/06/22

打出浜より見る琵琶湖の風景は僕の好きな美術家杉本博の海の写真を思い出させてくれた。でも僕のデジカメで撮る琵琶湖の風景とは切り取る時間の長さが違う、杉本 博の作品は海を長時間、フイルムに露光をといっても数十時間も光を当てると書いてあった、其の作品は僕の記憶の中にあるが今日の湖岸風景写真は2500分の1と短く瞬間を切り取った写真の風景には重さを感じる事ができないのは当然と思った。以前に撮った僕のピンホール写真を久ぶりにパソコンの画面で見ると、時間が写真に記憶されていると僕は感じている好きな写真を載せる事にした。そして長い時間をフイルムに記憶するピンホール写真が撮りたくなってきた。

悪魔が住む国

2016/06/21

今朝も三井寺の展望台より美しい雨の風景を見て心和んでいると脳から突然に怒りの指令が飛んできた。今日の京都新聞朝刊の一面に、高浜1,2号機 運転延期認可 そして大きく再稼働19年秋以降の文字が飛び込んできた事を思い出し怒りが込上げてきた。福島原発直後に40年を越す原発の再稼動は認めないと国が決めた事ではないのか、まだ安全対策の工事も済んでいない原発の再稼働を原子力規制委員会は全員一致で再稼動を認めたと記事にはあったが今の時代に全員一致などありえないと思っているのに、誰一人も反対する者もいない会議など信じる事は出来ないと思った。
全員が心を悪魔に売った御用学者としか言いようがない、本当の意見の言える学者には声がかからないのが現状と、お金に魅せられた学者、経営者が悪魔になったと考えるしかない、もう此の国は悪魔に支配されているのか、ならば悪魔との戦いはどの様な戦法がと考えは巡るが金に魅せられる小悪魔ばかりが増え続ける現実を黙って見ているだけの日が続くが・・・でも諦めてはいけないと思った。何時もの湖岸サイクリングで打出浜から見る琵琶湖の彼方の原発群の再稼働だけは止めなければ未来などないと考えた。   

写真は高浜原発1,2号機です。

都の眺め、琵琶湖の眺め

2016/06/20

梅雨の晴れ間は湿度も高く蒸し暑さを感じたが湖岸へ出ると涼しさも感じ自転車は快適に走れた。琵琶湖の風景は美術家、杉本博的な構図で数枚撮った、今日は鈍色の暗い湖面ではなく、すこし明るい湖面で上空では青空が顔を出していた。

午後は京阪京津線で京都へ修理に出しておいた自転車が直っているとの知らせを受け出かけた。帰路は自転車でと決めていたので御池寺町より大津へ向かった。車と違い気になる場所では自転車を降りて写真を撮って楽しんだ。二条大橋より見る加茂川の風景も広がりを感じ、何時も見ている湖岸からの眺めと又趣きも違い都市空間は川があり建物も規制されているので大阪よりも広々としていて安らぎを感じた。平安神宮前の道路も改装されて都大路をイメージとして捉える事ができた。流石、平安京とおもいながら我が町、大津のことを、考えたJR西大津駅から大津京に駅名変更になったが僕は今も本当に大津京などと言える都が在ったとは想像する事が出来ない、上空から見る大津の宮跡付近から琵琶湖岸までの土地は6世紀は現在ほど広くも無い場所に京都の様なスケールの都が存在したとは考える事が出来ないと思いながら平安神宮を後にした。帰路は二つの峠を越えなければ大津へは帰れないと自転車に乗った。交通量の多い道路を走り、九条山の登りと逢坂山の登りには少し喘ぎながら自転車を漕ぎ無事、大津へ帰れた。

雨の日は少し退屈

2016/06/19

今日は琵琶湖の日?滋賀県下の市町村の各町内では朝から側溝や近くを流れる小さな川の清掃が行われ僕も参加したが余り草も無く簡単に済ませた。雨で湖岸サイクリングも諦めて、三井寺へ二回目の散歩となり金堂前の池の蓮を眺めるとアメンボが水の上をスイスイと歩いている、人間は何故、歩けないのかと・・・今日は少し退屈と、家に帰りパソコンを開くと友人のKさんからメールが・・・編集のタイムコードを正確に知らせてほしいとあり、急いで書き直しにと言ってもパソコンでの作業は苦手で紙に書きデジカメで撮った。そしてパソコンにアップと半分はアナログと苦笑した。
 
湖畔通信の写真はと考えて先日、撮った京都のショットバーでの雨の情景をアップした。僕のイメージではタルコフスキーの映画のワンシーンの様な・・・・トタン塀がこんなにも美しいのかと感じながら画面を見た、ただそれだけの事・・・・

夕方、雨が小降りになり湖岸へ、梅雨の雨の美しさを再認識をした。

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