三井寺の法要
2016/05/29
今日は三井寺の法要に出席した、天気予報では曇りか雨と言われていたが法要が始まる10時には青空が広がった。天台寺門宗設立の淵源となった国家から智証大師の業績が広く認められ、正式にその教法を認め伝法公験(証明書)を国家が発行した日、今から一千百五十年前,866年5月29日を記念して天台寺門宗,立宗一千百五十年慶讃法要が本日、営まれた。法要が始まると金堂(本堂)から荘厳な三井声明が辺りの空気に溶け込んで行くと此のお寺の歴史の長さを感じた。金堂の上空には声明に反応した雲が集まってきて舞っている様に見え不思議さを感じた。今日は写真を撮らずに静かに三井声明を青空の下で聴きながら何時もと違う三井寺の雰囲気を楽しんだ。五月も後、僅か・・・もう梅雨が其処まで来ている事を感じる少し水気を帯びた風が法要の終った三井寺の山から下りてきた。
樹上のモリアオガエル
2016/05/28
毎日をノンシャランと行こうと・・・今日の午後、三井寺の茶房ながら亭へ本を持ち出かけた。境内の本堂は明日の法要の準備が進んでいた。
赤い門を潜り茶房に、コーヒーを注文して、本を開き、読みかけるとカエルの鳴き声が左の耳から入ってきた、突発性難聴も回復したと嬉しさを感じた。コーヒーを持ってきてくれた、Nさんに、あの鳴き声はモリアオガエルと尋ねると、もう池の傍の樹には白い泡の様な卵がと・・・僕は本を閉じて庭へ出て池の周りでモリアオガエルを捜している時、縁側からNさんがカエルが樹の上に居るよと教えてくれた。新緑のモミジの樹の上に緑色のモリアオガエルが見えた時に、何故か鎌倉時代の明恵上人の木の上の座禅の絵を思い出した。カエルは座禅などと・・・少し発想の貧困さを反省した。暫らく夢中でカエルの写真を撮りまくった。家に帰りパソコンにアップして見ると随分とモリアオガエルの写真を撮った事に、自分に笑った。そして又、木の上の座禅を・・・今度は河鍋暁斎の絵は三井寺にも少しご縁のある松浦 武四朗(江戸から明治にかけて活躍した探険家、浮世絵師・・・)が木の上で座禅している絵を思い出し、今日はモリアオガエルのお陰で、有名な木の上の座禅の二種類の絵を思い出せたことが嬉しく思え、楽しい日になった。
モリアオガエルはブルーギルと比べると随分と幸せだと思いながら湖畔通信を書いた。
ブルーギルの厄日
2016/05/28
今日も自転車で湖岸へと・・・浜大津港の湖岸は外来魚撲滅の釣り大会で子供連れの家族で賑わっていて見ただけで滋賀県主催だと直ぐに判った。ブルーギルと言えば今上天皇が皇太子の時にアメリカより持ち帰った歴史は誰でもが知っている事実で、1960年に日本に来てから各地の水産試験所に配られたものが全国で繁殖して現在に至るとパソコンで見れば誰でもが判る事と、ブルーギル自信には全く責任など無い事だ、それが邪魔者扱いされて、大会まで開かれて駆除、撲滅などと人間には言いたい放題では浮かばれないと少し哀れになってきたが、もし日本の食糧事情が変わり、ブルーギル等の外来種を食すことになり、外来魚の経済的価値が上がると今の事情が一変して高く売れる魚になれば大会まで開いた撲滅釣り大会は禁止されて漁業者のみが漁獲できる様になるのではと思いながら無造作に入れられた大量のブルーギルの目を見ながらもう少しの辛抱だとそして頑張れとエールを送り、僕は自転車で膳所由美が浜へと向かった。
由美が浜近くではアユ釣りを楽しむ釣り人が見え何だかホッとした。
湖上にはカヌーがそして有名なN氏とカヌー犬?が見えた・・・・・
水面の雲
2016/05/27
今朝も三井寺の散歩へ、昨日に飲んだ薬が聞いたのか聴力が少しよくなった、パソコンで得た知識では突発性難聴は安静が一番とあったが、気にせずに出かけた。観音堂前の雨水を受ける大きな銅製の水瓶の水面に雲が映っていた、実際の空よりも晴れているように見え、デジカメを出して水面を見ていると宇宙船から地球を見ている様に感じた。身近な処にも感動があることを再認識した。
湖岸から帰宅すると何時もの様に西大津のコメダにコーヒーを飲みに行った。此の店は四人掛けの場所に一人でゆっくりと新聞が読めるのも魅力の一つだ、朝日新聞を広げると耕論、水俣病の60年の見出しが気になり読んだ、3人の論説で、無関心が生んだ社会の病、として永野 三智さんの記事で最後に、水俣病は、社会の病を映し出しました。水俣病を知ることが、社会を知り、未来を変えることにつながると信じています。で結んでいた。岡本 達明さんは、村は補償金で破滅したは、今でも続く公害や原発の事故補償の問題とオーバーラップしてきて考えさせられた。最後には命や健康は帰らない。補償金を取るしかない。でも今度はカネで村が破滅する。公害は起こしたらおしまいということです。で終っていた。原発事故も起きればお終いだということが想像できた。最後は柳田 邦男さんが教訓生かさぬ文化絶て、として此の国の無責任さを指摘、行政が仕事をする際、被害者や患者の身になって考えることが大切です。冷たい三人称でも感情的に走る二人称でもなく、合理性と人間味を兼ね備えた対応こそ新しい時代をひらきます。と2・5人称の視点として語られていて、最後には企業が犯した犯罪的な問題は、悪い文化を絶つために語り継ぐべき原点です。過去のものにしてはいけない、現在進行形の問題です。と結ばれていた。読み終えた後、本当に此の国の無責任文化は無くなるのだろうかと今後、此の国、日本が国際社会で発言するには一刻も早く無責任文化を廃絶することと原発を全廃する事と考えた。
キンシバイ
2016/05/26
今日のお天気はスッキリとしない、空を見上げると雲は高く晴れ間も見える中を湖岸サイクリングに出かけた。雨具と水を入れたリュックは近場を走るには少し邪魔に思った。自転車で走る湖岸も今日は少し蒸し暑く感じまだ梅雨にも入っていないこの時期にとおもった。そして、これから来る夏の暑さを心配した。湖岸から見る琵琶湖の眺めも、モヤットした風景が広がり蒸し暑さを演出している風も緩く気だるさを感じた。びわ湖ホール近くの湖岸に咲いているキンシバイの黄色の花が鮮やかに曇り空の中で存在を示していた。
僕は昨日の夕方より片方の耳の聴こえが急に悪くなった事が少し気になり湖岸から帰宅後、耳鼻科へ向かった。西大津のクリニックで検査を受けると左の聴力が悪くドクターは突発性難聴の疑いがあると診断された、家でパソコンで突発性難聴を調べるとストレスが主たる原因と、それは今の安倍政権がと・・・ストレスは消えそうも無いが・・・怒りのパワーで吹っ飛ばすしかないと・・・そしてキンシバイの花言葉を見るとパソコンの画面に、悲しみを止める、とありキンシバイの花言葉を信じたいと思った。

















