中島省三の湖畔通信

雨上がる

2016/04/17

雨上がりの景色は何時も素晴らしいと、そして少し気分も明るくなる、でも熊本の地震での災害を受けられた方々の事を考えると暗くなってきた。今日のニュースでは地震の区域が広がていると伝えていた。僕は何故、原発を止めないのかと不思議に思った。自然災害の大きさは東日本大震災で経験済みではないのか、今までに起こらなかった事も起きる、人間が想像する範囲を超えた自然の力は計り知る事などできる筈がないと思っている日本列島には分かっているだけでも二千以上もの活断層があるといわれている詳しく調査すれば六千以上は在るかもと言われる活断層の事を考えれば原発を直ぐ止めるのが常識と考えるのが普通だと思うのですが、マスメディア等は原発の危機感が無いのかと、その様な報道は自主規制しているのかと少しこの国の様子に不安を感じてきた。

季節は新緑へ

2016/04/16

時は止まることは無く・・・熊本の地震は今も続いている、災害を受けられた方、亡くなられた方々の冥福をお祈りして、一刻も早く地震が終息する事を願った。九州では大変な事態が、此方は穏やかな時が流れている、三井寺も新緑が一段と美しさを増して境内の森の中から鶯の鳴き声が聞こえ平和そのものだ。小さな国土と言え、同じ時間を共有する中での日常はこうも違うのかと、改めて自然の恐ろしさを感じた熊本地震だ、のんびりと湖岸サイクリングをしていて良いのかと思いながら走った。
午後は反原発の市民ウォークがあり参加した、今日で49回目で何時もより参加者は多かった。膳所駅から打出浜まで歩いた。湖岸で空を見上げると美しい空が広がっていた。地震での災害の九州と比べ、平穏な湖岸に立っていると、この空間の時間と九州熊本の時間は同じなのかと考えながら、空を見上げた。

地震列島

2016/04/15

昨夜のテレビは熊本で起きた地震のニュースが各局から流れて、時間が経つにつれて被害の大きさが伝えられてきた。原発は大丈夫かと一番に心配した。地震列島の日本には原発は危険な事は誰もが判っている、今からでも遅くは無い全ての原発は廃炉にすべきと地震のニュースを見て思った。
今日の湖岸サイクリングは北西の風が強く、湖上は白波が立っている、この様な気象条件の時に福井若狭の原発が事故を起こせば関西圏では琵琶湖の水が使用できなくなり関西圏はアウトにと・・・・打出浜の湖岸に佇んで考えていると恐ろしくなった。浜大津港の近くまで帰ってくると釣り人が釣り上げた大きな鯉の写真を撮っていた、久ぶりに見る大きな鯉は目は空ろに口をパクパクとしている、何か言っているのかと・・・この地では久しく大きな地震は起きていないが、安心はしてはいけないと,鯉が言っているように思えた。

花散りて・・・・

2016/04/14

上島鬼貫の俳句、花散りて また静かなり 園城寺 今朝の三井寺の散歩は人影も無く静かそのものだった。鬼貫が訪れた三井寺は江戸時代で今の三井寺の様にソメイヨシノは多くは無かったと、昔から読まれる歌には山桜が枕詞として近江を代表していたのだから鬼貫の読んだ桜も山桜で境内に在ったとしても、慎ましやかに数を誇らずに咲いていたのではと想像していて俳人や文人が花を愛でていたのだと思った。
湖岸サイクリングで走る湖岸の桜も散り静かな風景が広がっていて、春は急ぎ足で去って行くのかと、過ぎ行く時間の早さに少し寂しさを感じた。

日常と非日常

2016/04/13

雨を心配しながら自転車で湖岸に向かった、曇っているせいか少し肌寒く感じた。由美が浜ではアイガモが見られたが多くの水鳥たち海を渡って次の目的地へと旅立って湖上には釣り船が数隻と静かな風景が広がっていた。何でも無い日常の湖岸風景を楽しみながら浜大津港へ戻ってくると、公園内には防災ベンチが見えた、新しく作られたモノで直ぐに気が付いた。以前に設置されているものは、おくどさんベンチと銘記されてたが新しい方はカマドベンチと名前が変化していたがカマドもおくどさん、も同じ意味で何故、呼び名をと思った、そして考えた、日常から災害が起こり非日常になった時に、多くの避難者が浜大津の公園に押し寄せてきた時に僅か四台のカマドベンチでは役には立つまいと感じた。本当に災害が起きれば対応できるのか疑問に思いながら辺りを見渡した。公園を本当に避難場所とするなら近くに備蓄倉庫そして水タンクやマキなどの置き場書は何処にあるのかと、そして見せかけだけの行政のポーズとしか僕には感じなかった。

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