夜桜からライトアップへ
2016/04/02
今日から三井寺と疏水のライトアップが始まった。何時頃から夜桜からライトアップへと変化したのかと考えた。僕は夜桜の方が風情を感じて此方の方が好きだ。夜桜からライトアップと呼ばれるようになったのは何時からと、パソコンで見ても判らなかった。ボンボリが主流だった夜桜は昭和の春の風物詩だったのかと、ライトアップは平成の風物詩と言えるのかと考えたが風物詩、其の言葉自体が死語となったと感じている今日この頃と思いながらデジカメを見た。そうかフイルム時代が夜桜で、デジカメ時代がライトアップかと僕流に考えた。今年から疏水の照明はLEDに変わり、明るく見えるも少し冷たくも感じるライトアップと思った。桜の美しさは太陽の下で見るのが最高だと思っている、今日、昼間に撮った桜の写真を見ながら、桜は自然光で愛で春を感じられると考えた。
高観音のモクレン
2016/04/02
桜の花も咲きそろい、近辺の疏水は大勢の人で賑わっている、写真を撮ろうと北国橋へと向かい山手を見ると一際、目立つ白い花の咲いている樹があるのに気づいた。その場所は長等公園から京阪電車の上栄町駅へ抜ける山道の途中にあるお寺、通称高観音で園城寺別所近松寺が本当の名前で高台にあり市内が一望できた名所だったが今ではマンションやビルが建ち以前の様に展望を楽しめなくなったが雰囲気は昔を留めていてる、白い花が気になり、出かけて、其の場所に行くと見事なモクレンの花が咲いていた、其の花は周囲の桜の花を圧倒して咲き誇っていた。ただただお見事と見上げて、美しいと感じ、そして写真に撮った。
信用できないものは・・・・
2016/04/01
今日は雨、湖岸サイクリングを諦め西大津にあるジャスコ内の眼鏡屋に出かけて、帰りにコメダにコーヒーを飲みに寄り、何時もの様に朝日新聞を広げると、大きな見出しで清貧の政治思想が目に入った、記事は前ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカさんのインタビューで、以前にも湖畔通信に書いた事もあるが、地球上でもっとも信頼ができる政治家で僕は大好きで何度もネットで検索して調べた事もあり興味深く読んだ、モノに囚われず世界的な視野で今起こっている資本主義、大消費経済社会のあり様について語っている事に感心しながら読み終えた、そして余りにも我が国の首相をはじめ政治家が理念を持たず、優しさにも欠ける政治を行っているのを見ていると希望を失くしてしまうが記事のお陰で少しは希望を持った、ムヒカさんの何時もの言葉、貧しい人、とは限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人、そして最後の方では信じられないものは国家と語っていた事が印象に残った。五月には我が国で経済サミットが行われるが豊かさを求めて止まない資本主義経済では持続性のある社会など出来るはずが無いと思った。
写真は昨日、散策した長等公園界隈の事を少し・・・この公園は僕が幼い頃、祖母に連れられよく来ていたので想い出は幾らでもある、公園では戦時中、食用にするタヌキが飼われていた様子も微かに覚えている、小学生の頃は大きな檻があり猿がいた記憶もあるが僕には暗くじめじめとした場所として余り好きな場所ではなかった。最近は整備されて暗い雰囲気が消え山中に誰でもが入れる様に標識も完備されている、僕も2年ぶりに兜明神へと急な山道を登った。山頂、近くには小さな祠が祭られていて周辺は神秘的な雰囲気が漂っていて、この場所が古墳であることに今回初めて気が付いた。帰り道は桜が丘に寄り西大津方面を展望台より眺めていると、横にある石碑に気づき、近くで良く見ると、さざ波や志賀のみやこは荒れにしを 昔ながらの山桜かな、の歌が刻んであった、 家に帰り何時もの様にパソコンで見ると平 忠度の歌と、そして清盛の義弟とあった。忠度や人麻呂が見た寂れた志賀の都は無く近代的に発展した地方都市が眼下に広がっている風景を見たら彼らはどんな歌を詠むのかと想像した。
湖岸の春
2016/03/31
湖岸サイクリングを続けて15年以上が過ぎた、最近では距離も短く近江大橋の手前、由美が浜で引き返すコースで往復12キロぐらいで時間は約50分で運動量としても少なく感じているが歳相応と思っている。
浜大津から続く湖岸は残念ながら人工湖岸で僕としては不満足だが、湖北まで行きたいが自転車では無理と諦めて近場で琵琶湖の写真を撮っているが最近は題材もマンネリ化で困っている。今日もそれなりの春の風景を撮ったがイマイチと感じた。春霞の琵琶湖を眺めてぼんやりとしているだけで充分だと思いながらデジカメのシャッターを押した。
帰り道、疏水の湖岸よりの橋より三井寺を見ると桜の花の咲く前の美しい光景を見て、僕は桜の満開の風景よりも此方が好きだと思った。
桜の名所、長等公園
2016/03/30
大津では桜と言えば長等公園が一番有名だった頃が懐かしくなり午後、散歩に出かけた。桜のシーズンになれば商店街から公園までボンボリがつるされ公園内には大きなボンボリが設置されて、其の明かりで仄かに照らされる桜を愛で、桜の樹の下、彼方此方で茣蓙を敷いて大人たちが酒宴を夜遅くまで楽しんでいた事などが懐かしく想い出されてきた。長等公園は歴史も古く明治41年(1908)に大津市最初の都市型公園として開設されて9・5haの広さの土地に山桜等の桜が植えられているが僕の少年時代から見ると桜の木も少なく感じた、公園は近年に改修され庭園風になり昔の面影は無いが随分と明るくなったと、子供の頃は周囲が山に囲まれているせいか水気を帯びた空気が漂い夕方などは薄気味悪く感じて遊び場としては僕はあまり好きでなかったが、お花見シーズンには父親が主催する宴には家族で参加して大人たちの酒に酔うさまを見て、楽しみは半減、何時も僕は不機嫌になっていたと聞いた事があり、あまり楽しい思いではないがボンボリに照らされた桜が並ぶ夜桜の光景は現在、流行のライトアップよりは遥かに風情があり夜桜と言う言葉がまだ心に少し余裕があった昭和時代を懐かしく思い返した。今年はライトアップされた桜より長等公園の宵桜にウイスキーをポケットにしのばせ、出かけようと思った。
















