象列車を想いだす・・・
2016/06/26
休日の湖岸はそれなりの人出で賑わっている。自転車も平日の様にすいすいと走るわけには行かない,その代わり自転車を降りずに湖岸を眺めながら走れた。湖上では水上スキーやバス釣りのボート、遊覧船そして遠くに競技でもしているのかヨットの白い帆が鳥の群れの様に見え琵琶湖も観光シーズンの様だ。由美が浜の湖岸では雑草の中で一際、可憐な花が目に入りデジカメで撮っていると近くにも色々な花が咲いているのに気づき、此花も写真に撮った。帰路、プリンスホテル前の湖岸では芝桜専用の花壇の中で美味しそうなキノコを見かけ写真に留めてキノコは取らずに家路に着いた。
午後は先日、買ったフォトジャーナル誌DAYS,JAPANを持って三井寺の茶房へ出かけた。表紙には先日亡くなった象、はな子の特集記事を読んだ、1949年戦後間もない日本に子供たちへの贈り物としてタイから来た象は、それから67年間,柵の向こう側に訪れる人間を見続けたと記事に書かれていた。象のはな子は狭い空間でストレスをためながら67年もの間生き続けた象の事を考えた。アニマルライツセンターの岡田千尋さんの文を読み動物園での過酷な動物の日常を身近に感じた。ライオン、キリン、象らの大型動物は大きな森や平原でないと本来の生活が出来ない、幾ら自然を模したといっても知れたものと、象は行動半径が広く、色んな場所で植物を食し、そして色んな場所で糞をすることにより植物多様性が保たれると語っていた、自然界で暮らす生き物を捕らえて小さな場所で展示、飼育したりする事はやめる時期に来ているのではと・・・今なら進んだ映像技術でバーチャルな動物園が出来るのではと思った。そして僕は1949年の象列車の事を想いだして来た小学校4年生の6月に大津駅から名古屋東山動物園に戦争を行き抜いた象、マカニーとエルドの二頭を見に行ったことが最近の様に思えた、そして象はな子が日本に来た年に名古屋へ象を見に行った1949年は僕が9歳の時だった。
読書の時間
2016/06/25
今日も雨を心配しながら自転車で湖岸に向かった。曇り空ながら視程もよく打出浜より琵琶湖大橋も確認できた。由美が浜へと自転車を進めると、道端に魚が置かれている、ブラックバスやブルーギルなら日常的によく目にする光景だがと思いながら,自転車を降りて近付いて見ると鯉だと判った、湖岸には鯉釣りの竿が数本並んでいるが釣り人が見えないが、大きさも食するには丁度と思った。帰路、浜大津港では紫陽花よりもアガパンサスの花が多く咲いているのに気づき写真に撮り帰宅した。
午後は読書に、何時もの三井寺、ながら亭へ出かけた。本は最近新聞の書評らんで見て気になり買った,朝井リョウの「ままならないから私とあなた」を持って出かけた。最近、新聞の書評欄を見て本を買うことが暫しある、僕は小説よりもエッセイ的なものを好んで読んでいたが・・・今年に入ってからは小説を読むようになった。映画も自分好みの作品が少なくなった事も影響していると思った。小説を読み終えて、自分なりに便利になった世の中を少し批判的になっていたなと反省した。僕的には納得の内容で、現代社会を生き抜くには柔軟さを少し持ちながら自分の考えを崩さずに対処できるのではと考えた。朝井リョウ原作の桐島、部活やめるってよ は映画にもなり、以前に見た事を思い出し、この「ままならないから私とあなた」も映画化されたら見たいと思った。
雨模様
2016/06/24
湖岸から見る琵琶湖の眺めも雨を予感する事ができた。由美が浜で折り返して、スーパーで買い物を済ませて、雨の洗礼を受けずに帰宅できた。テレビを点けるとイギリスのEU離脱、残留の国民投票の状況を放送していた午後からもニュースは其の事が話題となって各局が流していた。何処かの局のコメンテーターが世界中の政治家の指導力が落ちたと伝えていた。
今回の参議院の選挙でも経済が最優先課題だがイギリスのEU離脱で世界経済はますます不透明になり我が国の安倍政権のアベノミクスも暗礁に乗り上げてしまった、国政選挙なら各党が政治方針を国民に問うのが普通だが憲法問題、原発事故、社会福祉、雇用問題と争点は幾らでもある筈、こんな選挙では僕は行く気にもならないと又、今回もパスと決めた。世界中で政治家の指導力が弱くなったと言われているが独裁者やカリスマ的政治家が台頭するよりは今の方がマシと思ってしまった。無責任体質の政治家や官僚が進めてきた政策を見ているとこの先希望など持てるはずがないと暗くなるばかりの日が続くが・・・・落ち込んではいられないと身近なものの美しさにカメラを向けた。
庭には何時も此の時期に咲く花を写真に撮った・・・・・名前はパソコンでアガパンサスと知った。
マザーレイク
2016/06/23
雨の上がった湖岸を自転車で何時もの様に走った。今日は晴れを予感できる琵琶湖の風景が広がっていた。友人と京都に出かける約束もあり湖岸サイクリングも少し短めで切り上げた。友人の車で京都に向かった。ランチは友人の知り合いの店へと・・・・その店は京都錦市場にある韃靼そばを食する事が出来ると聞き、もの珍しさも感じて出かけた。錦市場は伊藤若冲生誕300年を祝した飾り幕が若冲の絵を生かしたデザインで迎えてくれた、今、若冲ブームで美術館は280分待ちとニュースが伝えていた、若冲の生きた時代は今よりも自然に対して畏敬の念をもっていたと、もちん若冲も自然に対して畏敬を表して見事な植物、動物、の絵を描いたと思っているが、今の時間の中では自然に対して畏敬の念を抱かなくなった現代人が300年の昔の時間を想像する事が出来るのかと考えた。若冲の生まれたと言われている錦市場界隈から僕は300年前のこの場所を想像することは出来なかった。韃靼そばを頬張りながら二階から錦市場の賑わいを見ながら若冲の生きた時代はどの様な時代だったのかと思いを巡らした。
午後は知人から今、上映されている映画、マザーレイクを見て感想をと・・・言った本人が見るのが一番と思いながら、足取りも重く浜大津アレックスシネマへ向かった。映画館のある4階より見る琵琶湖は僕の予想通りに晴れ渡りマザーレイク状態だ、別に映画も見る必要も無いと少し躊躇した。映画は時間通りに始まった、期待していない映画を見るのも久しぶりで、かえって新鮮味も感じた。映画は単調な展開ではじまった、僕は地元で琵琶湖の事に関しては詳しいと自負している、カット代わりの絵の繋がりには不自然さを感じて其の時点で白けてしまった。映画を批評する気はありませんが・・・最後まで見た自分が気が長くなったと感じた、何時もなら途中で出ていたかもと思いながら見終わった、そして外にでると梅雨明けかと勘違いするほどの晴れた琵琶湖が目の前に広がっていた。これこそがマザーレイクと体で琵琶湖を感じた。
映しこまれた時間
2016/06/22
打出浜より見る琵琶湖の風景は僕の好きな美術家杉本博の海の写真を思い出させてくれた。でも僕のデジカメで撮る琵琶湖の風景とは切り取る時間の長さが違う、杉本 博の作品は海を長時間、フイルムに露光をといっても数十時間も光を当てると書いてあった、其の作品は僕の記憶の中にあるが今日の湖岸風景写真は2500分の1と短く瞬間を切り取った写真の風景には重さを感じる事ができないのは当然と思った。以前に撮った僕のピンホール写真を久ぶりにパソコンの画面で見ると、時間が写真に記憶されていると僕は感じている好きな写真を載せる事にした。そして長い時間をフイルムに記憶するピンホール写真が撮りたくなってきた。

















