中島省三の湖畔通信

柳川現風景

2016/03/29

柳川と言っても歌謡曲にでてくる地名ではない,今日、坂本の医院からの帰り道、近江神宮の南側を流れ、町中を抜け琵琶湖へ流れ出る川、一級河川の柳川に架かる橋を渡る時、黄色の花が目に付き立ち止まった。三面張りされた現代的な川に、河岸にはマンションが建ち、昔の面影はない、僕が小学生から高校生まで泳いだ柳が崎水泳場は柳川の河口にある自然の砂浜の水泳場で大津市一の大きさを誇っていたが今では湖畔の近くにマンションが出来、此処が水泳場だったと想像する事はできない、大津市の湖畔公園になっているが訪れる人も少なくなった。次々と僕の思い出の場所が消えて行き寂しい事とおもいながら川の堤防の黄色の花の光景を写真に撮った。そして自転車に乗りあの黄色の花は山吹と思いながら家に向かった。
その後、パソコンで花を調べるとレンギョウとあり、原産国中国、モクセイ科レンギョウ属、そして花言葉は期待、希望、集中力と、山吹の花とは・・・・集中力が足りんと反省した。

ゴーアラウンド

2016/03/28

今日は暖かくなると思っていたら予想に反して自転車で湖岸を走っていても肌寒く感じた。打出浜の湖岸には家族連れの姿も見られ春休みの情景として写真に収めた。午前中の空いた時間を利用して花粉症の薬をもらいに西大津の医院へと向かう途中で突然、雨が降り出したがゴアーのアウターを着ていたので其のまま自転車を走らせた。帰り道、何時も行くコメダでコーヒーを飲みながら新聞を見ると先日の八尾空港での小型機の墜落事故の事が詳しく書いてあった。久ぶりにゴーアラウンドの文字が目に付き読んだ。そうして大津際川での飛行機の練習を思い出した、ゴーアラウンドは狭い滑走路一本の小さな飛行場ではゴーアラウンド(着陸復行)は常に考えておかなければならなかった、民家に隣接していて滑走路を横切る人等を発見するとパイロットの判断でゴーアラウンドをした。滑走路も短くタッチアンドゴー等も多く練習した事が懐かしく浮かんで来た。管制塔のある空港では着陸前はパイロットは特に小型機は機長一人でタワーとコンタクトしながら着陸準備の操作をしなければならず大変に忙しいと大津から八尾空港へ向かう時に感じながら操縦していた頃の情景が浮かんで来た、そして事故でなくなられた方々の冥福を祈りながら新聞記事を読んだ、そして最近の航空事情を考えた。アメリカ等の外国では簡単に自家用ライセンスが取得できると昔から言われていた。日本国内で操縦練習は値段的にも高くつくが言葉が通じ合う中での練習は細かなところまで指導を受けることも出来、また難しい試験制度を通過して操縦士になる事も大事な事と考えた。
そして僕が飛行機操縦の練習をした頃はもっと自由なプログラムで楽しく飛行できた、最近では錐揉み、や完全失速からの回復操作を学ばないと聞いたが危機回避の訓練は必要ではと僕は思った。コーヒーを飲み終えての帰り道、皇子山陸上競技場の傍の紅しだれ桜がもう咲き始めていた、やはり今年は暖冬だったと思った。

ご近所逍遥

2016/03/27

本日も予定の散歩、湖岸サイクリングを終え、午前中の日課は終了した。昼食後、お天気が崩れると思っていたら陽射しもあり、家に居るのも退屈とカメラを持って三井寺から歴史博物館へ向かい企画展、大津歴博の玉手箱を見に行き、展示の古写真等を楽しんだ後、館外の展望デッキより琵琶湖の風景を眺めるが以前と比べれば湖岸にはマンション等が増えて景観は決して素晴らしいとは思わないが、前方の視界は不思議な事に低い建物のお陰で、その部分だけが琵琶湖を望める、手前は大津商業のグランドがあり、その向かい側には低い建物がある、鉄筋コンクリート製の昭和の面影を残す官舎、所謂公務員宿舎が建っている、その場所は南から官舎、陸上競技場、そして総合グランド、野球場が広大な土地にあるが、元、陸軍歩兵第九連隊の用地に戦後、進駐軍からの返還を受けて建設され今の姿になった事等を想い出しながら、ぼんやりと我が町内の全域を眺めた。帰り道は町内をぶらりと写真を撮りながら歩いた、何時も見ていた風景が急に光を帯びて僕の前に昭和の町を再現してくれタイムスリップしたかと一瞬錯覚した。踏み切り近くの古びた旅館、販売機、そして現代的なラッピングされた電車が走り去って行く光景は、映画のシーンの中にいる様におもえた。身近なところにも写真に出来る場所があると感じた、ご近所散歩だった。家に帰り、写真をパソコンにアップしながらモニターで写真を見て何か今日の題名はと考えていると、頭に逍遥という言葉が浮かんできた、パソコンで言葉の意味を見ると自由に彼方此方、歩く事と書いてあった、今日の題名はご近所逍遥と決めた。

スノーフレーク

2016/03/26

スノーフレークと言っても食べ物ではない、僕も花の名前と知るまで少し時間がかかった、今日も湖岸を自転車で走るが写真にするものも無く、家に帰った。午後の退屈な時間を持て余し、コーヒーブレークに三井寺の茶房ながら亭に出かけた。コーヒーを注文する時に店員のNさんがスマホを見せ、庭にこんな綺麗な花が咲いているよと知らせてくれた。コーヒーを飲み終えて、Nさんに花の咲いている場所に案内してもらい小さな花の写真を撮った、名前を聞かれたが…水仙の様にも見えたが・・・判らないと答えながら写真を撮ったが上手く撮れずに止めて、別のカメラを取りに帰った。花は小さくロウアングルでしか撮る事が出来ないのでキャノンG12を持って再度、三井寺の茶房に向かった。このデジカメは故障したまま使用している、修理代が高く、このまま騙し騙し使用できればとおもいながら今に至っている。G12はモニターのアングルが自由に変えられるので重宝しているが、いざ撮影となるとピントが合いにくく工夫して何とか撮れた。家に帰りパソコンにアップして見ると其れなりに撮れていた。花の名前を調べると、スノーフレークと、そして花言葉は純情、穢れ無き心,慈愛、美とあり、その花言葉にピッタリの花とおもった。原産地はヨーロッパ中南部と、和名は鈴蘭水仙とあった、なるほど和名も良く似合うと思った。今日は小さな花と出会え写真が撮れ楽しい日となった。そしてカメラを修理に出すのも止めた。

モクレンの花

2016/03/25

湖岸サイクリングの帰り道、京阪電車石坂線の三井寺駅近くで疏水の対岸に白い花が咲いているのに気が付き、近くまで行き花を見ると直ぐにモクレンと判った、最近になってコブシとモクレンの違いは判別できる様になった、其の家の玄関前の庭には紅梅と白梅、そして見事に花を付けているモクレンの花を愛で写真に撮った。この場所は多分、京都疏水の敷地かとおもわれる、家の前の道路は狭く土の細い道で明治時代からのものと想像できおまけに小さな踏切まで在るが普段からあまり人が利用するのをあまり見かけることは無かった。改めて写真に撮るとおもしろい風景とおもった。

家に帰り何時もの様にパソコンを開き、モクレンを見ると、何と恐竜が食べていたと、恐竜と言えば白亜紀で人類の歴史を遥かに越えたモクレンの花の存在感に敬意を表しながら画面のモクレンの花を見た。

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