日常と非日常
2016/03/11
東日本大震災から早くも今日で五年が過ぎた、いまだ福島原発事故の後処理も出来ず,これから先、何十年とかかっても解決できないと言う専門家もいるが国はのらりくらりと責任を取る事無く事故処理を粛々徒進めて行く、自然災害の現場では復興が進みつつあるが原発の事故は住んでいる土地を捨てなければならない状況だ、先日の大津地裁の差し止め仮処分は原発推進にブレーキをかけたと少し喜んだが、アベ政権は臆する事無く原発と憲法改正を進めて行くと公言している、もっと怒らねばと今日の震災記念日に思った。
今日も膳所、和田の浜では河津桜が満開を迎えて美しい日常の風景を見せているが日常と非日常は背中合わせで何時、非日常が日常に、また日常が非日常になると、そして立ち止まることのない時間だけが流れて、写真に撮った河津桜の写真も意味の無い過去へと去ってしまう、思えば儚きことばかりと河津桜を見ていると過ぎ去る時間の早さに驚いているだけでは何も変わらないと思った、何かをしなければと老い耄れ頭で考えても良い案は浮かんでこないが原発反対と九条を守る事には声を上げようと思った。
彼方の原発
2016/03/10
今日の朝刊一面は大津地裁の高浜原発の再稼動差し止めの仮処分決定の記事が、大方の人は昨日のテレビの報道で知っているが、改めて新聞を見ると多少なりとも原発に反対している僕は第一面での記事を読んで嬉しくなった、大津の名前が久ぶりに存在感を示した、琵琶湖の水が原発事故が起き放射能で汚染されれば近畿1,400万人の命が危ぶまれる事は誰でも理解できることで、やっと司法も原発の危険性を考慮に入れた正しい判決をしたと、これから各地で起こる原発再稼動の差し止めの裁判に加速がかかり今後、原発の再稼動が許可されないことを願った。
今日の湖岸サイクリングは気分も明るく湖岸へ向かい打出浜から琵琶湖を見ると、北の彼方、福井高浜の原発、3,4号機の原子炉が停止する、今日は格別に空気が美味く感じ湖岸で深呼吸すると久ぶりに気分が解れた。暖冬で雪の無い比良を眺めて雪山の好きな僕は少し寂しくなった。でも比良の八荒でまた比良の雪景色が見られると期待しながら湖岸を走った。
ミモザ
2016/03/09
昨日、大津絵の道でミモザの花が咲いているのを見かけたが写真にも撮らずに行き過ごした。今日は雨、何もする事もなしと退屈しているとミモザの花を思い出し雨の中を花の咲いている大津絵の道へ出向き、黄色いミモザの花を撮った。花は青空が一番似合うと思っていたが、雨に咲く黄色の花、ミモザも素晴らしいと、何枚も写真に撮った。パソコンで見ると3月8日はイタリアではミモザの日で男性が女性に感謝をしてミモザの花を送る日と、そして国際女性デーとあり、花言葉は秘密の恋、友情と記してあった。雨に花は美しいと再認識した。
午後テレビを見ていると速報で高浜原発の仮処分差し止め、判決で原告団勝訴で原発の運転が止められるとあった、ニュースを見て嬉しくなり、雨の中を大津地裁に向かい建物だけでもと向かった。着くとマスコミが取材をしていたが人影は無く写真だけ撮って帰宅した。今日は嬉しいニュースが入り気分は久ぶりに明るくなった。
テロ対策訓練
2016/03/08
今日は朝から霧で遠くの風景は見えないが湖岸サイクリングへと湖岸に向かった。浜大津港は何時もと様子が違い、警察車両、救急車、消防車等が集結していた、何事と近づくと、看板にはテロ対策訓練と書かれていて、マスメディアの取材陣が見えた。此の国もテロの標的となっている事はマスコミの報道で皆が知っている事実と思っていますが、伊勢志摩サミットでのテロを警戒した訓練かと、軽く見ながら通過した。今、この国でテロが起きればアベ政権は直ちに自衛隊を出動、即参戦する事の方が心配だ、テロが実際に此の国で起これば現政権の思う壺と、軍備拡張、憲法改正へと進んで行くこと間違い無しと考えると恐ろしくなってきた。どうか国内でテロが起きないことを祈った。今日は何も見えない霧の中、見えないことを良いことに蠢く此の国の政治に注意しなければと思いながら湖岸を自転車で走った。
午後は久ぶりに京都シネマへ顔のないヒットラーたち(ドイツ映画、監督ジュリオ・リッチャレッリ)を見に行った。映画はドイツ人のナチスドイツに対する歴史認識を変えた1963年のアウシュビッツ裁判を題材に真実を求め奔走する若き検事ヨハン・ラドマンを中心に描いた映画を見てきた。戦後70年以上過ぎた今もドイツでは歴史認識の記憶を忘れる事無く負の遺産を描く映画を作り続けることの良心の凄さを感じると、我が国の歴史認識の軽さと無責任さを痛感して、恥ずかしくなってきた。先日に見たサウルの息子、そして今日、見た、顔のないヒットラーたち、が日本の軽い歴史認識を笑っているようにも思えて悲しくなってきた。これからの若い映画人に此の国の今までのあり様を正確に描いた映画作品を期待したいと思った。
混沌とした時代の風景
2016/03/07
湖岸サイクリングで見る湖岸風景は此の国のあり様が映し出されていると思った。水面と水上の区別がつかない眺めは不気味に感じた、コイズミ政権の有事法制からアベ政権の新安保法制への十年もの間の政権はまるでユデガエルの様な政策で戦争へ繋がる法案を今まで見過ごしてきたのかと、もともと政党は巧みに絡み合いながら上になり下になり又右になり左になりながら一見、対立しているかの様に見せながら政治をしてきたのかと、考えた。今日、湖岸から見る風景の様にもやっとした視界不良の中で此の国に住む人達が見たり聞いたり感じたりする状況を造らずに、何事も無かったように次、次へと悪巧みで政治を進めて行く様に感じ不安になってきた。もっと怒らなければ、と空しい思いが生暖かい空気に溶けていった。
















