中島省三の湖畔通信

3D映画、オデッセイ

2016/02/19

昨日、一昨日と続けて映画を見た。暇を持て余すよりはとパルコ、7シネマへ3D映画、オデッセイ〔監督リドリー・スコット)を見ようと出かけた。アメリカ映画は期待して見ることは無いので気楽にカウンターで飲み物を買って館内に入った。相変わらず観客は僕を入れて3人と少なく気の毒に思った。スクリーンにメガネをの表示が、立体映画を3Dと言うようになってから久しいが、中学生の頃にメガネをかけて見る映画フェザー河の襲撃、は今でもインディアンが放つ矢がスクリーンから飛び出した事が懐かしく思い出されてきた。別に3D映画といっても珍しくも無い昨今ですが・・・・映画は大げさな音楽とともに大画面に映し出される映像はCGで作られたバーチャルな宇宙空間が広がって如何にも雄大な景色が映し出されると気分が急に冷めてきた・・・、物語は火星に置き去りにされた宇宙飛行士の救出劇をアメリカ人が好むストーリーで進みハッピーエンドする、お決まりのハリウッド映画で一応楽しめたが満足感は無かった。以前に見た3D映画、アバター〔監督ジェームズ・キャメロン)を見た当時は娯楽映画は全て3D映画になるのではと想像したがその後の作品は見るたびに何故立体映画にする必要があるのかと疑問に感じ見てきたが、オデッセイも普通の画面で充分と思った。そして京都シネマで見たサウルの息子、の素晴らしさが想い出されてきた。内容が良ければ画面サイズが小さくても大きな感動が心に残る映画は過去には幾らでもあった。テクノロージーが進み簡単につくれて大げさなバーチャル的な映像で表現してくれる映画は僕は好きにはなれない、サウルの息子、も本来ならアナログ的な映写機でフイルム上映して欲しかった。僕の好きなタル・ベーラ監督の作った映画は全てフイルムで撮られた作品で上映するならプロジェクターではなく映写機で上映されるべきと何時も考えている。資本主義経済の利益優先では僕の望みは叶えられる事はないと思うと、少し寂しさを感じた。

(写真)今日も湖岸は稚アユ釣りの人で賑わっていた。

三井寺観音堂に案内板が設置されていました。この事は又後日にと思っています。



ハンガーリー映画

2016/02/18

昨日は久ぶりに京都へ向かった。パソコンの映画情報で知った、ハンガーリー映画の話題作サウルの息子(監督ネメシュ・ラースロー)、を見るために京都シネマへと会場に着くと平日なのに人出も多く既にロビーは混雑していた。サウルの息子、は2015年カンヌでグランプリに輝いた作品で評判になっていると聞いた、映画は予告編に続いて始まった。画面は今では珍しいスタンダードサイズの4:3に驚いた。映画はアウトフォーカスで始まった、サウルが近づいてくるとピントが合い、主人公が働かされているアウシュビッツの収容所であることが分かると、自分自身も収容所内にいるような感覚になり画面に入りきってしまった。映画は35ミリフイルムで撮影され、しかもレンズは標準のみを使用した画角で見るものの視点がぶれる事無く緊迫した状況から一度も目を離すことはなかった。映画はアウシュビッツ70周年を記念して製作された事も知り戦争の負の部分は何時までも記憶に留めて行かねばならないことを改めて感じた映画で僕の今年見るべき映画の一つです。映画の中でのサウルはユダヤ人で収容所内での死体処理を行うゾンダコマンドで死体の中に自分の息子を見つけてユダヤ教の教えの通り埋葬しようとする物語で主人公以外は殆どがアウトフォーカスしていて画面はぼけて,其の効果で想像することが出来、臨場感が増して劣悪な収容所の異臭までが画面から漂っているかのように感じた。戦争の歴史を正しく、勉強し検証して作り上げる映画作品の重さは日本映画も見習うべきと思った。そして僕の住む国の政府は歴史を検証もせずに都合の良い方に書き換えようとしている,此の様な環境で育つ若者の中から正しい歴史観を持った映画監督が生まれてくるのだろうかと考えた。監督のネメッシュ・ラースロー(1977年生まれ)は此の映画が初作品とか、ハンガリーのタル・ベーラ監督の倫敦から来た男、の助監督を努めたとパンフレットに書いてあり僕の好きな監督の弟子と知り嬉しくなった。


写真は今日の湖岸では稚アユ釣りを楽しむ人を見かけた。

湖岸の河津桜

2016/02/17

今日の湖岸サイクリングは風も強くペダルを踏む足にも力が入った。
湖岸から見る比良も雪雲に隠れている、湖面には白波が立ち水鳥も今日はのんびりと休めないと思った。由美が浜まで来ると河津桜の近くで写真を撮る人を見つけ、僕も自転車を降りて木に近づくとちらほらと河津桜が花を咲かせていた。デジカメを出して花の写真を撮っていると春が来たと、でも寒風が頬に当ると直ぐにまだ冬だと呟いた。帰り道は強い北西風を受け久ぶりに体力を使い、疲れて帰宅した。

晴れた日

2016/02/16

快晴の中、三井寺への散歩を終えて、続いて湖岸サイクリングに出かけた。打出浜から見る比良山も少し新雪が積もり輝いている、今日は寒く春はまだ準備中と・・・琵琶湖大橋を見ると蜃気楼が、目を水平に移動すると守山の湖岸とビルが浮いている様に見え幻想的な風景が楽しめた。
湖畔通信用に数枚デジカメで写真を撮り、今日はこれでと湖岸を快適に自転車を走らせた。

家に帰るも時間がと・・・近くのコメダにコーヒーを飲みに出かけた。何時も店に入ると朝日新聞を手に取って席に着く、コーヒーを注文して新聞の一面の見出しで、日本の自殺者が去年は減少したと、読むと此処10年間の我が国で自殺した人の数が30万人を超すとあったが以前に読んだ辺見庸さんの本の中にも触れられていた事もありパソコンで調べた事を思い出してきた、イラク、シリア,等での内戦や紛争,テロで死ぬ人の数よりも多い自殺者数30万人は驚くべきと思った。此の国の在り様が問われるのではと社会の弱者の事には気にもかけずに経済を最優先して格差社会を作り挙句に憲法改正して戦争を出来る国へと進む政治の行く末には不安を感じるばかりで又これからは自殺者が増えて行くのではと思った。
そして新聞をめくるとヨーロッパでの難民の窮状を伝えていた。
記事を読みながら飲むコーヒーの苦さが口に広がると、悲しさ、儚さが交じる気分に、そして何も出来ない自分がただコーヒーを飲んでいる。

店を出て自転車に乗ると井上揚水の傘が無い、の歌詞が浮かんできた・・
都会では自殺する若者が増えている・・・・・・・

煙突に興味

2016/02/15

急に煙突に興味を持ったわけではない、昨夜、テレビ番組 美の壺で、煙突が取り上げられていた、少し興味が湧いたので途中から見た。三池炭鉱のレンガの煙突と炭坑節の事で、元炭鉱夫の方が炭坑節は本当は陽気に歌ったモノではないと話されていた、哀調を感じる炭坑節を聴きながら日本の経済の発展の影を少し感じた。番組は当たり障り無く軽く日本の負の遺産には触れずに番組は終了した。少し記憶に留めて休んだ。

今朝は新聞の休刊日、昨日の新聞(京都新聞)に「煙に泣く月」炭鉱哀歌の見出しが目に入り読んだ。カン・サンジュンさんの思索の旅「1868〜」の中では大陸から連行、囚人労働など、人を牛馬の様に使い・・・・(井上佳子「三池炭鉱、月の記憶」を引用したり女性労働の過酷なことや、この恨み節を含んだ炭坑節が戦後復興の応援歌として蘇ったのは皮肉なこと・・・最後は、月はその吐き出す煙で悲哀を・・・・と記してあった。いままで気楽に月が出た、出た・・・・と口ずさんでいた自分が恥ずかしくなった。(京都新聞2016・2・14朝刊6面)

今日の湖岸から見る比良の眺めは日本画を見ている様で暫し佇んで時間を忘れた。

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