中島省三の湖畔通信

雨の日の出会い

2016/05/09

今日は雨で湖岸サイクリングにも行けず少し寂しい日となった。
午後は本を持って三井寺の茶房ながら亭に出かけ雨の風情を楽しみながらコーヒーを飲み読書を、其れなりに楽しめた。
帰り道、境内で不思議な出会いが待っていた、朝の散歩では気づかずに素通りしていた場所で、偶然に立ち止まり道際に目をやると白い透明感のある花が光っているのに気がついた。何故か最近、植物からの信号を受けている様で、嬉しい気分だ。雨に濡れた木立の根元に其の花は咲いていた、一目みてキノコだと感じたが名前は判らずに写真に撮った。久ぶりに心が動いた、美しく気高さを感じる花だ。年金爺では美女が呼び止めてくれることなどあるはずが無いが、美しい花が呼び止めてくれる現実は楽しく幸せに感じる時間だ。人生満更でもないと思った。家に帰り何時もの様にパソコンに写真をアップ、その後、調べると、其の花は銀竜草、(ギンリョウソウ)でイチヤクソウ多年生の腐生植物と記してあった。僕の第一印象のキノコは当っていた。久ぶりに出会う、雨の日の美女、ギンリョウソウの名前は僕は忘れる事は無いと思った。

坂本から歩いて

2016/05/08

本日は晴天、原発全廃びわ湖一周デモの最終日、途中の区間は参加しなかったので今日はサイクリングを兼ねて坂本からデモに参加しようと出かけた。12時30分に坂本のスーパーに着くとデモ隊は出発準備をしていた、友人を見つけて一緒に大津まで歩く事に、デモは百人ほどが旗やプラカード、楽器を鳴らす人も、何時もの市民ウォークよりデモらしいと感じながら友人と話をしながら歩き約2時間でJR大津京駅に到着、休む間もなく三井寺へと進んだ。休憩後JR大津駅へ・・・解散後、集会には行かずに友人とコーヒーブレークに向かった。ただ歩いたというだけの事、何も感じなかったし、意味もなかったと、此れで良いんだと思うと少し満足感が多分、サイクリングと長距離を歩いたからだと僕は思った。

静かな日常

2016/05/07

ゴールデンウィークと言っても名前だけが空しく耳元を通り過ぎて行くだけで終ろうとしている、今日も三井寺への散歩、湖岸サイクリングと静かな日常に感謝した。打出浜から見る琵琶湖の風景は水気を帯び、気分を静かに内向きにしてくれるので好きだ。少し遅くなったが2015年のノーベル文学賞の作品、チェルノビリの祈りを(スベトラー・アレクシエービッチ)を読み、改めてチェルノビリの原発事故の恐ろしさと、国家(ソ連)が取った行動等が今、この国(日本)の現状と重なってきて、今、僕が生きる日常は、本当に日常なのかと疑問に感じ、直ぐに非日常の只中に暮らしているのだと自覚した。憲法九条のことや原発の再稼動の事を真剣に考える時間を持つ必要があると思った。今日の様なお天気は、人が内面的に充実するために自然が与えた機会と思いよい日となった。

琵琶湖東岸〔草津)からの眺め

2016/05/06

先日、四日のびわ湖一周デモでは久ぶりに琵琶湖を違った角度から見られ楽しい日となった。湖周道路を歩くのは初めてだが車や自転車、そして空からは何度も見ているので地形が判っているので歩きのスピードでは感覚がずれて少し苛立ちも感じながら草津川の河口付近までデモに参加した。
琵琶湖総合開発で破壊された自然の湖岸線を見ることは出来ないが、壊された葭原の跡に人工的に植栽された葭原が以前よりは元気に育っている様にも見えたが、以前の自然景観の美しさを知っている僕には滑稽な風景に見えて、これが行政が行う琵琶湖を自然に戻す事業かと思いながら写真に撮った。埋め立てた湖岸は公園として利用されていて休日とあってバーベキューらを楽しむ家族連れの車が駐車場からはみだし自転車道を占拠するほどだ。世界では水源地となっている湖の近くには自動車道路は走っていないと聞いているが、車から排出される科学物質は道路に落ちて雨で流され、そのまま琵琶湖へと入り湖水が汚染されていることは疑う余地はないと思った。湖面を見ると波だっていて風も強く、こんな日に福井若狭の原発が事故を起こせば最悪の危機が琵琶湖に押し寄せてくる事を想像すると恐ろしくなって湖面から目を外し先を行くデモを見送った。

我が町のお祭り

2016/05/05

この季節、五月に入ると大津市内の各所にある神社のお祭りが一斉に始まり稚児行列や神輿の巡行が町内を巡りお祭りは盛り上がるのだが近年は人手不足で神輿をトラックに載せ巡行する町内が殆どで、神社の境内での露店も無く僕が子供時代に味わったお祭りのような賑わいを感じる事もなく、寂しい限りだ。町内のお祭りは早尾神社で昔は五月十日だったが今は五日になり久しい、祭りの稚児行列は軽四トラックの荷台に乗った神官を先頭に車でのパレード様式に変化して40年が経ったが神輿は各町内からの参加者が担いで人力で昔ながらの巡行が行われている、市内でのローカルなお祭りでは殆どが車での巡行が普通になった。今日も新緑の三井寺を背景に下りて来る神輿は迫力がと・・・・以前といっても50年前は三社,三基の神輿が大門坂を下りてくる様子は迫力があったなと、今は亡き父親が礼服に身を正し神輿の先頭で扇を振っているのが思い出として蘇ってきた。祭りの日には多くの来客があり、僕は大人たちの酒宴には少し迷惑した事や境内の露店で買ったキビ鉄砲、ハッカパイプ,細工飴等の混じったお祭りの匂いが五月の爽やかな空から、懐かしさと、一緒に降りてきた。

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