中島省三の湖畔通信

思考する時間

2016/02/10

朝の散歩や湖岸サイクリングも自分に強要してやっている訳でもない、若い時から時間は自分のためにと自由に過ごせた事には何時も感謝している。最近は年金暮らしの後期高齢者、暇はあるがカネは無しの暮らしも板についてきた何処かへ出かけたりしなくても身近な処に楽しみを見つけることも出来、日々好日と喜んでいる。

今日も乗りなれた自転車で湖岸へ向かった。打出浜から見る比叡山にも少し雪が雲間より見え、風も少しあり寒さを感じながら走った。

午後はテレビを見るより、静かな三井寺の茶房ながら亭に本を読みに出かけた。冬場で客も少なく落ち着いて読書できるので週に二度ほど出向いている。今日も僕の好きな辺見庸さんの、自分自身への、審問、を読んだ。以前にも読んだと記憶していたがページをめくり読んでゆくと、以前に読んだかと、感じるが、それは唯、本を見ていただけと感じて本に詫びた。
辺見さんの本は僕に何時も思考回路を開いてくれる、深く重く自分のことや、この国や世界のいまの在り様を考えて行くと、ドウシヨウモナイ現代社会の矛盾に儚さ、空しさ、悲壮感が心に充満してくるが、僕は此れが現実と、混迷する社会に自分を失わずに生きて行く術を持たねばと思いながら本を閉じ庭を見ると赤い椿の花が池の傍に咲いているのに気がつき庭に下りて写真に撮った。小さな池の水面に映る雲や空が風で揺れている、以前に読んだ本には水面には人間社会が映るといわれていた事を思い出したが,現世は混沌としたバーチャルで実存世界がなく水面には映らないのではと考えた。

雨のち晴れ

2016/02/09

朝の散歩へと外へ出ると東の空が明るく、傘を持たずに三井寺へと、空を見上げると雨雲が見え、直ぐに引き返し傘を持ち出かけた。境内に入り石段を登り観音堂に着くと急に雨が降り出してきた。今日の雨は暗く風情を感じる余裕は無く、散歩も急ぎ足のせいで早く家に帰れた。

時計を見ると10時、雨も上がり湖岸サイクリングに出かけた。昨日は風も無く静かな湖面に映る逆さ比叡を楽しめたが、今日は琵琶湖は風と波が、でも少しお天気も回復したお陰で雲のかかる比叡山の風景を楽しむ事が出来た。

午後は少し読書をと読みかけの辺見庸の愛と痛み、を読み終えた。辺見さんの本は何時も深くて重い言葉が心に刺さる、僕は物事を深く考えずに走ってきた人生には重く深く感じて,脳を刺激され、いつも何かを考えさせられる、そして、この国はこのままで良いのかと怒りと自分に対する反省が呼び覚まされてくる僕の好きな作家だ。

外は風が強く寒いが自転車を出して湖岸に向かった。打出浜の湖岸に佇んでいると上空にヘリの爆音がして、そく地獄の黙示録、のワンシーンを思い出してきた。戦争は限りなく近づいていると思いながらヘリの飛んでいる空を見た。帰りに浜大津港では波間に一羽のオオバンがいるのを見ながら考えた、世の中の流れに乗らず個を大切に見つめ皆が良いからと言っても今の政治の流れには乗らずに最後まで個を重要視して行こうと思った。

外来魚

2016/02/08

今朝の京都新聞、滋賀版に、「駆除後」の問題、発表も、の見出しの記事が目に留まり読んだ。其の中に2012年から千葉県内の池でブラックバスを駆除している市民団体「手賀沼水生生物研究会」は、池に生息するアメリカザリガニが15年に3年前の約9倍になったと報告。水辺環境の悪化が懸念され、鈴木盛智代表は「ブラックバスによって増殖が抑制されてきたザリガニがバスがいなくなったことで逆に増えた。早急な対策が必要」と訴えた。の記事には興味を感じた。
友人の植物学者は琵琶湖の様な大きな自然環境は短期間の研究や観察だけでは理解するのは難しいと何時も言われていることを思い出した。
琵琶湖の歴史は古く450万年と言われている、琵琶湖を研究や観察の歴史はまだ数百年と短く、この歴史ある湖のことは何も解っていないのに人間が勝手に開発して悪くしてしまった現実が今の琵琶湖の姿と思った。


今日も湖岸を自転車で走った、湖面には逆さ比叡が映り長閑な風景広がっている。バス釣りのボートが一隻、ブラックバスは釣れるのだろうか?
今朝の新聞記事を思い出し、ブラックバスも琵琶湖に棲んで20年以上になる、此の魚も琵琶湖に必要になっているのかもと思いながら写真に撮った。琵琶湖の外来魚の駆除にも問題はないのかと心配になってきた。

膳所公園の湖岸では白鷺がオオバナミズキンバイの上で獲物を狙っていた。もう直ぐオオハナミズキンバイも黄色い花を咲かせて此の湖に棲みたいと言うんでしょうか? 今日は色んな事を考えたサイクリングでした。

時は流れて

2016/02/07

テレビのニュースでは北朝鮮がミサイルのニュースを伝えているが、僕はあまり興味が無い、何故なら我が国はH2Aロケットで人工衛星を打ち上げたりしていて、これも見方によっては外国から見ればミサイルと判断されていると思う、また我が国はプルトニュームを保持していて原爆を造れる状況にあり、H2Aロケットを転用すれば即ミサイルになると何時も考えているので僕には大騒ぎをする事でもないと思った、今日のテレビ放送での危機感を煽る内容のニュースを聞いて少し違和感を覚えメデイアの報道に少し疑問を持った。

テレビを見ているよりは湖岸にでて広い空間の中に身を置き豊かな心になる方が健康的なことと思い、自転車で湖岸へ向かった。
今日は冬型で風もあり少し寒く感じ、湖岸から市内へと入り県庁前通りへ進むと滋賀会館は跡形も無く更地になって、其の場所からは見えない滋賀県庁の全容が見え驚いた。中学生の頃は会館の地下食堂へプロレスのテレビ放送を見に行った事や、映画等を見たことを懐かしく思い出した。又自転車に乗り久しぶりに旧東海道(京町通り)を走りロシア皇太子が津田巡査に襲われた大津事件現場で自転車を止め写真を撮りながら時間の流れの中に消えて行く歴史や現実の儚さを感じながら、此の国の行く末の時間を考えていると前に大きな暗いトンネルが現れた様に感じ身震いがした。そして静かで寂しい商店街を自転車で走った。

夕景の彼方

2016/02/06

夕景が見たくなり自転車で湖岸へ向かった。
浜大津港まで来ると観光船ビアンカが出航して行く様子を見送りながら、文化館近くで自転車を止め湖岸に立ち琵琶湖を眺めると遥か彼方の原発の事が浮かんできた。
今日も午後から反原発市民ウォーク(48回目)に参加した。
高浜原発が再稼動された後の集まりで何時もより参加者も多く旗や幟もカラフルで久しぶりの活気を感じて、仲間と湖岸まで歩いた。
福島の原発事故後から続く市民ウォークに参加しているが、別に歩いたからといっても原発の事情が変わる訳ではない、少し自己満足が気になっている、自分の暮らしの日常は電気もガス、水も普通に使用して普通に暮していて原発反対と言っても世の中に訴える力は無いと何時も思っている。
テレビから流れてくるコマーシャルは便利さと豊かさを宣伝するばかり、情報番組もそれを賛美するばかりでは電力、ガス等のエネルギーの使用を減らすどころか増えるばかりでは現実的に考えても生活者に危機意識を感じてもらえまい、今のスタイルの反原発運動にも限りが在るのではと考えてしまう、湖岸から見る夕景の北の彼方に在る原発を考えると美しい琵琶湖の風景にも不安が募るばかりですが・・・不安を取り除くには政権の交代しかないのだと、そして選挙を無視していた自分は白紙委任状を出していた事に気がつき大いに反省した。
そして次回の国政選挙には行こうと考えた。

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