中島省三の湖畔通信

夕景の彼方

2016/02/06

夕景が見たくなり自転車で湖岸へ向かった。
浜大津港まで来ると観光船ビアンカが出航して行く様子を見送りながら、文化館近くで自転車を止め湖岸に立ち琵琶湖を眺めると遥か彼方の原発の事が浮かんできた。
今日も午後から反原発市民ウォーク(48回目)に参加した。
高浜原発が再稼動された後の集まりで何時もより参加者も多く旗や幟もカラフルで久しぶりの活気を感じて、仲間と湖岸まで歩いた。
福島の原発事故後から続く市民ウォークに参加しているが、別に歩いたからといっても原発の事情が変わる訳ではない、少し自己満足が気になっている、自分の暮らしの日常は電気もガス、水も普通に使用して普通に暮していて原発反対と言っても世の中に訴える力は無いと何時も思っている。
テレビから流れてくるコマーシャルは便利さと豊かさを宣伝するばかり、情報番組もそれを賛美するばかりでは電力、ガス等のエネルギーの使用を減らすどころか増えるばかりでは現実的に考えても生活者に危機意識を感じてもらえまい、今のスタイルの反原発運動にも限りが在るのではと考えてしまう、湖岸から見る夕景の北の彼方に在る原発を考えると美しい琵琶湖の風景にも不安が募るばかりですが・・・不安を取り除くには政権の交代しかないのだと、そして選挙を無視していた自分は白紙委任状を出していた事に気がつき大いに反省した。
そして次回の国政選挙には行こうと考えた。

存在の耐えられない軽さ

2016/02/05

存在の耐えられない軽さ、は以前に見た映画の題名で、今日の湖畔通信とは少し関係はあるのだが・・・・今朝の三井寺への散歩で何時も通る三尾神社横を歩いていると神社入り口にある大きな石灯篭の台座に目が、気になり近づいて見ると波の上にウサギが二羽が彫刻されていた。三尾神社はウサギのお宮さんとして有名な神社で江戸時代は三井寺の境内に在った。明治時代に神仏習合が廃止されて現在の場所に祭られていて、祭神はイザナギノミコトが長等山の地神を・・・その神が赤、白、黒の腰帯を垂らしているのが三本の尾に見えたところから三尾神社となったと、パソコンに載っていた。僕は此の地に育って75年が経つが入り口の灯篭の台座のウサギに気がつくことが今日まで無かった事を恥ながら神社に詣でた。手水舎のウサギと神社の裏門の見返りウサギ(瓦)は知っていたが、その他の灯篭にもウサギが彫られている事も確認して,出来栄えの良さに感心して魅入った。そして存在感と時間の重さが周囲に漂っていることに気がつき驚いた。
以前は人の命は地球よりも重いと言われ、例えられた時代は遠く彼方へ消えてしまい、最近の人の命の軽さには驚いているばかりで、そして憲法で認められている人権も吹けば飛ぶような存在になってしまったと嘆いていても始まらないが、モノにしても大量生産された商品や道具の存在感の無さ、写真にしても僕が毎日、デジカメで撮る写真の軽さにも存在の無さを感じている。現代はすべてがバーチャル的になり映画の題名ではないが、本当に存在の無い耐えられない軽さになって行くのかと空しさだけが僕の心の中に残った。でも見落としている重い存在感を持った大切なものは見えないけれど、きっとまだ存在感をもったものが在ると信じて行きたいと考えた今朝の散歩でした。

追、映画、耐えられない存在の軽さ、は1988年アメリカ映画で監督フイリップ・カウフマンです。

立春の湖岸

2016/02/04

テレビの天気予報で今日は立春で日差しも・・・そんな声を聞きながら三井寺への散歩に出かけたが肌寒く感じたので石段を駆け上がると少しは暖かくなった。少し標高がある観音堂の水盤に薄氷が張っているのを見て、春はまだ先のことと思った。
展望台から比良山を見ると今年は雪が少なく、何時もなら2メートルは積もっていて迫力のある冬山風景が見られるのだが、今年の比良山の雪を見ていると春は近いと感じた、でも僕は冬と雪が好きなので少し寂しさを感じながら境内を歩いた。

湖岸を自転車で走り何時もの折り返し点、由美が浜でユリカモメを見つけて写真にとデジカメを出しながら近づくと直ぐに飛び立たれた。浜大津では人が近づいても逃げないのに残念とその場を離れた。
湖岸から湖上を見ると漁船が網を上げているのが目に付き写真に撮り、今、取れる魚はと考えた、最近は琵琶湖産のワカサギも出回っていると聞く、でも南湖での漁は無いと思った、もしかして藻の刈り取り作業が始まっているのかと考えた、漁船も多く湖上に見られ雪の少ない比良を背景に見ていると春の湖上風景に見えてきた。今年の春の訪れは早いなと思いながら自転車を大津方向へと進めた。

リノベーション

2016/02/03

リノベーション、イノベーションは日常的に新聞、雑誌、テレビ等で見たり聞いたりしているので凡その意味は理解していると思っている、リノベーションは最近に送られてきた歴まち大津の未来、が主催するフォラムの案内の議題に書いてあった、官舎の今後の利用についての事。官舎は僕が通った長等小学校の校舎跡に建てられた公務員宿舎で昭和の面影を残している建物で日本中何処でも見られる集合住宅でマンションの先駆けとなった建物と僕は考えています。官舎を大改造(リノベーション)して町の発展に有効利用して行こうと、フォラムを開き色んな意見を聞きまとめて行政に提案して大津の活性化に役立てばと・・・そんな事ではと僕は想像しています。

今日も湖岸サイクリングの帰り道、大津の商店街に入ると、相変わらず静かで人通りも少なく寂しい限りだ、来年にはスーパーが開店する予定と聞いているが町の核になるモノが無い・・・過っては映画館や芝居小屋、レストランらが在った頃は、日常的な買い物だけではなく、遊べる街でもあったと思っている。今,商店街に遊びを提供する場所はと考えてもスペースも無い、もっと視野を広げれば浜大津から石山に向けての湖岸を利用すればと、知的な遊び(俳句)や、簡単なスポーツ広場(遊具も完備)としてはと考えた。何時も湖岸から見る広大な琵琶湖の風景は全国何処を捜してもないと自負いている、大津の発展は湖岸の有効利用に罹っていると思った。

風神?からウルトラマンに

2016/02/02

今日は青空が広がり視程もよく遠くまで見え湖岸を走りながらパノラマ風景が楽しめた。比叡山を見ると積雲が青空の中に漂っていて、何かドラマが始まると期待しながら自転車を進めて、何時もの折り返し点の由美が浜まできて比叡山上空の雲を見ると青空を背景に風神が浮かんでいるように見え、楽しく想像を膨らませた、もしや俵屋宗達も空に浮かぶ雲にヒントを得たのではと・・・今日は風神がモヤモヤとした空気を吹き飛ばしてくれたので綺麗な景色が見られるのだと・・・・そんな事は無いと呟きながら大津方向に自転車を進め上空を見ると、其の雲が今度はウルトラマンになって大空を駆け巡り悪を懲らしめ様と躍り出てくれたのかと想像して自転車のペダルを漕ぐ足にも力が入り爽快に湖岸を走った、今、此の国の政治の流れを変えるには、ウルトラマンの力を借りるしかないと、気弱な考えと、依存心に反省しながら湖岸を後にした・・・今日の湖岸サイクリングは暗くなる気持ちが少し明るくなった様な気がした。

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