遊心庵と詩碑
2015/12/09
今朝の散歩の帰り道も仁王門から大門坂へと、坂を下ると右側に遊心庵が在る。天台寺門宗の尼寺で坂村真民さんの詩碑が門の右側にあり、門には遊心庵と書かれていて直ぐに判る。今日は庵主さんが表を掃除されていたので挨拶をすると中のモミジが美しいので見られますかと言われて、中へ入れてもらった。紅葉の下には童女の石像が、近くに住んでいながら始めて見る石造とモミジを写真に撮った。庵主さんと立ち話をしながら門の外へと出て、坂村真民さんの詩碑や傍に植わっている松やヒガン桜のお話しをしていると、数十年前に坂村真民さんが遊心庵を訪ねられた時に会食があり庵主さんにお招きいただき真民さん等のお仲間と楽しいひと時を過ごした事を懐かしく思い出してきた。
坂村真民さんは亡くなられたが会食の時の会話が思い出されてきた、真民さんが其の時に、私が自慢できるのは一つだけと、毎日、早朝といっても鳥もまだ寝ている頃に近くの川で毎日、禊ぎをすることですと笑顔で話されていた様子が詩碑とオーバーラップして僕の頭の中に浮かんできた。詩碑には、念ずれば 花ひらく 真民 と記してある、短い文でも優しさが溢れている詩碑だと思った。
(坂村真民さんの詩碑、念ずれば 花ひらく は全国に多くあり誰もが癒しの詩人と・・・詩集も多く出版されている。)
それからデジカメで遊心庵の佇まいを撮りおえ庵主さんに写真の出来上がりを届ける事を約束してその場を辞した。
家に帰り、坂村真民さんの詩集を開き、僕の好きなタンポポ魂、を静かに読んだ。 踏みにじられても 食いちぎられても 死にもしない
枯れもしない・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鉄人28号現る
2015/12/08
鉄人28号のブリキの玩具を友人のSさんのお店、ラパーンで見つけた、僕は鉄腕アトムは読んだこともあるが鉄人28号にはそれ程興味は無かったと思いながら店内のダンボール箱の中で存在感を表しているブリキの鉄人28号が乗るオートバイをダンボール箱の中から取り出し店主のSさんにことわり写真に撮らせてもらった。
漫画やテレビで人気があったことは知っていたが身近な処で玩具を目にするとは思ってもいなかった。
鉄人28号の玩具を手に取るとブリキの金属としての冷たさを手に感じて時を越えて存在を現してきた。鉄人28号も色んな子供たちの手を経てラパーンに来たのだと又、鉄人28号を見た。
店内は所狭しとガラクタ?失礼、色々なものが生きた時代の輝きや陰りを語ってくるように感じてしまい、夜にはこの店には訪問したくないと思った。仏像、人形,焼き物、看板と数え上げればきりが無いほどのものがそれぞれの歴史をもってこの場所に集合している眺めは壮観でもある。人の命は消えるが物は形を残しながら時を刻んで行くがそれとて何時かは消滅すると、店内の色々なものを見ながら僕は物には執着しない様につとめて行かなければと思った。
疏水の清掃
2015/12/07
今朝の散歩で鹿関橋から疏水を見ると,清掃作業が始まっていた。例年なら歳が明けてからと記憶しているが、何時も疏水の雪景色の撮影は水の流れているお正月の間に撮らないと清掃作業で水が止められてしまい風情のある写真は撮れない。今シーズンはもう水が止められたので写真は撮れないと諦めた。清掃作業は僕等の少年時代には目にした事は無いと記憶を辿った、そして側面がコンクリートで補強されてから始まったのではと考えた。何故、今年は早く始まったのかと思いながら作業を見た、高水圧ポンプで側面の汚れを流している風景は近年の風物詩?となりましたが、側面に着いた汚れを見て琵琶湖の水も昔と比べれば汚れてきているのかと考え、以前の側面は石垣で明治の趣を感じる佇まいで、以前の石垣には汚れが付着しなくて清掃の必要が無かったのかと不思議に思いながら清掃作業を見つめた。
今日も暖かな日で湖岸サイクリングを楽しめた、打出浜より比叡山から皇子山、西大津方向を見ると山々の紅葉が美しく、もう少し晩秋を楽しんでいたいと、遠くに見える比良の山にも、まだ雪は無い、今年は暖冬で近くの山ではスキーは出来ないのではと少し残念な気持ちで又比良山を見た。
能楽観賞
2015/12/06
今日は京都へ能楽観賞に出かけた。以前に三井寺で記念写真をお撮りした事がご縁で、それ以来、機会が在るごとに能楽へお招きを頂いている、京都の能楽師シテ方のKさんが演じられる能 江口を観賞するため観世会館に向かった。地下鉄を降りて白川沿いの道を会場に急いだ。丁度、会場に入ると演目の解説が始まっていた。パンフレットにも目を、物語の概要を把握して開演を待った。
演者らが舞台に入ると、能は静かに始まった。江口は今の大阪、淀川の河口、江口の里に旅の僧が昔、西行法師が天王寺に参る途中、江口の里で雨が降ってきたので宿を借りようとしたが断られた。そこで詠んだ歌が元になった物語、僧が江口の里の遊女の旧跡を訪ね幽霊と出会うところから物語が始まる。内容は人間の持つ煩悩が取り巻く生きる現世はすべて仮の宿と・・・少し哲学、宗教(禅)的な要素が入った物語といったところで、僧と江口の君のやり取りで能は進んで行く、六塵(仏語)色・声・香・味・蝕・法と欲望が渦巻く現世に悩み悟りをと思うが難しい事とだれもが感じること、あの西行法師ですら恨み辛みを遊女の江口の君に諭されるのですからと・・・・能の終盤のシテKさんの静なる舞いは煩悩の世界の無常から幽玄な世界へと導いてくれた。
シテKさんの見事な能舞いが何時までも余韻として心に残った。
僕は煩悩を飲み干すために行きつけのバーに向かい、ウイスキーを注文した。そして僕は煩悩をウイスキーで喉の奥に送った、別に煩悩が消えるわけでは無く、また飲みたいと煩悩が胃から頭に走った。
そして人生すべて仮の宿と呟いてグラスのウイスキーを口に運んだ。
外国人の興味は
2015/12/05
朝から青空が広がり日差しも暖かく感じる。三井寺への散歩も風除けのアウタージャケットは要らないと軽装で歩いた。境内のモミジが日を浴び一段と映えている。今年は黄葉するカエデが美しく感じた。
湖岸のサイクリングも風がないと気合が入らずのんびりとぺタルを漕ぎ文化館に、湖面には水鳥が羽を休めている、波もない静かな湖面に西大津のビル群が、そして手前に文化館が存在感を表している。追、先日この付近で中国人か台湾人と思われるカップルにシャッタを押してと頼まれた,自撮り棒を持っていない観光客もいるのだと思いながらデジカメを受け取り二人を撮った、そして文化館の建物が気になるのか僕に尋ねてきたので以前はミュジアムで今は休館していると伝えると残念がっていた事を思い出した。文化館は他の建物から見ると日本的なイメージが強く外国人には興味が湧いたのではと思った。
休館のままして置くより民間業者に委託して開館すれば大津の観光に役立つのではと考えた。
西友が無くなり湖岸サイクリングでの帰り道では打出浜のスーパーで買い物に寄る時が多くなった、スーパーの周辺は町中の風景と違い広さを感じる。季節ごとに見る小さな水路のフウの並木が秋には美しく紅葉しているのを見れるのも楽しみの一つだ。買い物が終わりデジカメで並木を撮ろうと水路に近づき水面を見て沈んだ落ち葉が美しく見え思わずシャッターを押した。
足元にも晩秋の美があると水路の流れを見ながら、こんな小さな何でもない事でも楽しめる歳になったのかと青空を見上げた。

















