中島省三の湖畔通信

ユリカモメと都鳥

2015/11/29

三年ほど前に由美が浜でミヤコドリを見るまでは、ユリカモメを都鳥と思っていた。ミヤコドリは足が長く,嘴も足と同じ紅い色をしていて、湖面に浮いたり出来ない、そして琵琶湖で見ることはない、偶然に渡りの途中に見かけたミヤコドリの美しい黒と白にデザインされた翼を忘れることは出来ない。もう一度見たいと思うが最近は目にした事が無い。
古典文学に出てくる都鳥はユリカモメと以前にパソコンで調べて知った。
文学作品の中に、京には見えぬ鳥、と作者までは覚えていないが、そして1974年以前には見かける事は無かったと記してあった。現在、京都の加茂川で見かけるユリカモメは1974年以後に琵琶湖から飛翔したもので以前は昼間は京都で夜は琵琶湖がネグラだった。
1974年頃と言えば僕が湖岸でユリカモメの大群を見たり、新聞の紙面でユリカモメが大津と京都の境あたりで空中より落下して死んでいるユリカモメの写真を見たようにも、原因は鷹等に襲われてパニックになり大群の中で衝突したのではと言った内容の記事だったと記憶している。ユリカモメが琵琶湖から京都へ危険な山越えを毎日しなくても加茂川にも魚等の餌が多くある事が鳥たちにも判ったのと野犬等の天敵も居なくなり安全な場所と確認したのでネグラの琵琶湖も必要が無くなった事で今では琵琶湖でユリカモメの大群を目にする事ができないと知った。
僕が以前の様に期待してユリカモメの写真を撮ろうとしても無理と、数日前に撮った十羽ほどのユリカモメが湖岸の手すりに並んだ写真を見てユリカモメの大群が夕方にネグラの琵琶湖に着水する光景を懐かしく思い出した。
今日も自転車で湖岸を走ると観光船ミシガンの外輪が上げる水しぶきに戯れる十羽ほどのユリカモメが遠くに見えた。

冬の光

2015/11/28

お天気は冬型、強い北西の風を受けながらのサイクリングを楽しめたと、昨日を振り返った。楽しめたと言えば75歳の飛行老年(年金爺)の痩せ我慢に聞こえるが、浜大津港から湖上遥か琵琶湖大橋を見ると下方に橋が写り冬の蜃気楼が見えた。打出浜を過ぎ膳所由美が浜へと北西の風を追い風にしてあっという間に着いた。冬の光線を受けた湖面が水気のない密度の高い空気を通して鮮やかに輝いて見える、真夏の太陽とは違い冬は斜めの太陽光ならではの美しい光景と思った。
帰りは強い向かい風を受け人力パワー全開で来た道を引き返す。
湖上はるか北方の上空には風の強さを示すレンズ雲が数段重なって見えた。もしこの様な強い北西の風がある時に福井、若狭湾に在る原発に事故が起きれば、この強い風に乗り放射能雲は瞬く間に琵琶湖上空へ達する。
そうなれば近畿1400万人の命の水がめは汚染されてしまい近畿に住む人達の命が・・・水だけではない放射能雲が北西の風に乗り京、大阪はいうに及ばず中部圏までも被害がでると想像して、この寒さの中、僕は凍りつく様な恐怖を感じた。

この国の原発の再稼動は四国の伊方原発、そして福井、高浜原発へと準備が進んでいるが何としても再稼動は止めないと危機的な状況になるのは確かな事と誰でも知っているのに政府は応じない。
国が全責任を取ると安倍政権が言うが福島の事故はまだ解決されていない原発に事故が起きれば誰も責任など取れないと思いながらレンズ雲を又見た。

三井寺の椎の木

2015/11/27

三井寺の境内には椎の大木が多く残っている近畿では貴重な場所と聞いたことがある。毎朝の散歩で通る三井寺の総門を抜けると右側に椎の木が二本見える、一方の木は幹の部分が避けていて今にも倒れそうに思うが台風や冬の北風にも耐え立っている。大津の椎の木を守る会が管理していて根っこの周辺は囲われて保護される事で健在なのだと思った。
椎の木の実には思い出がある、祖母が三井寺で椎の木の実を採取してホウロクの上で煎って食べさせてくれたことがはっきりと蘇ってきて黒い艶の殻の中から白い実の仄かな甘さが味の記憶として今も口の中にある。
もう一つの思いでは戦時中に椎の木が多くある境内の中に防空壕があり、空襲警報発令のサイレンがウーウーと鳴るとメガホンを持った人が空襲警報発令と言って町内を回る声を聞くと近所の家族が三井寺の防空壕へと避難した事らが記憶の中から次々と出てくる。今でもそのサイレンの音の不気味さは耳の奥に残っている。
防空壕への避難の時は母に背負われた妹と僕の三人で祖母や祖父は何故か家に残っていた事も克明に覚えている。
今日の散歩で椎の木の写真を撮っていると次から次へと幼い頃の思い出が映像になって僕の脳裏に浮かんで駆け巡った。境内を歩いていると椎の木が多く残る林の中から小鳥達の鳴き声に混じり、風と一緒に軍靴の音が聞こえた様な気がした、今の安倍政権は憲法九条を無視して新安保法制で戦争が出来る国へと進んでいるように感じてならない、二度と三井寺の美しい椎の森に防空壕は作らせてはならないと強く心に誓い境内を後にした。

渡り鳥、数千羽

2015/11/26

お天気は冬型、空の雲を気にしながら自転車で湖岸へ向かった。浜大津港から打出浜へと走りながら湖上を見るとオオバン(鴨の種類)が今日も数千羽が湖面で翼を休めている。雲が低く比叡山、比良山の上部は雲におおわれている。時折、小さな雨粒が顔に当るが強く降る気配は感じられないので膳所の由美が浜へ、途中の湖岸では企業のボランティア活動で多くの人がゴミを拾っていた。湖岸の公園からゴミ箱が消えて随分時間が経ったがマナーが良くなったのか僕が何時も自転車で走るコースではゴミをあまり目にしていないがと思った。由美が浜から沖合いを見るとユリカモメが十羽ほどが確認できた。大群は何処に行っているのかと少し気になった。多分、京都の加茂川に大群が来ていると思いながら大津方面へ自転車を向けた。

午後は久しぶりに登山用品店の岩と雪へ、店主でガイドの山本さんとの会話で今年は雪が少ないと、そして雪のシーズンが来てもわくわくしなくなったとお互い歳をとったからと笑った。
帰り道、北の空を見上げると明るく見え、今日の湖畔通信に使う写真をと思い湖岸に向かった。打出浜の湖岸でオオバンの大群の写真を撮ろうと湖面に近づくと危機を感じたのか鳥が慌てて飛び立った、僕はチャンスとばかりシャッタを切った、言い訳ではないが鳥を脅した訳でもないに、飛んでくれたお陰で良い写真が撮れたと満足して家路に着いた。


雨の降る前の

2015/11/25

今朝は少し寒く感じた、やっと平年並みの気温になり運動するには丁度良いとノルディックウォキングでペースを上げて一気に三井寺の展望台に着いた。雨の降る前の琵琶湖の眺望はまるで日本画を見ている様でその場を去るのが惜しいと思ったが、美しい眺めの前に立ちはだかる高層マンション等が展望台からの風景を台無しにしている。行政の計画性の無い都市開発が美しい江戸時代以前から続いた眺望を庶民から奪ってしまった。僕は何度も言う今更、風景条例をと偉い学者先生の意見等を参考に進められているそうですが、意味が無いことと僕は感じています。湖岸へのサイクリングでは遮るもののない雄大な琵琶湖のパノラマを楽しみ、大津の観光は琵琶湖をもっと知ることから始めていくべきと経済第一、お金儲けの観光事業などに僕には興味がないと湖岸に佇み雨の降る前の琵琶湖の情景を心とカメラに記録した。

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