若狭の方角
2016/02/27
湖岸から見る若狭の方向は視界不良で、新聞で見た高浜原発の4号炉の水漏れ事故が心配だ、マスコミは関西電力側の記者発表を簡単に信用している様子が今の時代と思うと寂しくなった。
午後は大津教会で、さいなら原発・びわこネット、の総会があり参加した、記念講演では木原壮林氏・京都工芸繊維大学名誉教授が原発の「原発全廃運動の再構築のために」と題されてはなされた中でも先日にあった高浜原発4号炉の水漏れ事故も注視すべき危険な事と言われた。
総会の後は近くの居酒屋で懇親会があり、其々の思いを語り、熱が入りすぎたが・・・・道は一つと此れからも反対運動を楽しく元気よく続けて行こうと別れた、今日はただソレダケの日と少し空しさを感じた。
湖岸では芝桜が遠慮しがちに少し咲いていました?
人口増加の滋賀県
2016/02/26
今日の夕方、テレビから流れてくるニュースで、滋賀県の人口が1920年の二倍近くの140万人になった、と伝えていた。以前の琵琶湖は下水道が無くても1960年頃までは自然の浄化能力で琵琶湖の水質を維持してきたが人口が増え、文明化された生活で琵琶湖への負荷もましてきた頃始まった琵琶湖総合開発で南湖の葭原が破壊され、自然の浄化能力を失った、現在は下水道が張り巡らせれて一応は琵琶湖の水質も辛うじて維持されていますが人口増加によって琵琶湖への負荷も増大するばかりで心配だと思った。以前に水道水の研究家に聞いた話を想いだして来た、本来は水源地には人が住まないのが理想といっていた、外国ではその様な場所から安全な水を供給していると語ってくれた、でも琵琶湖は昔から湖畔には人が住み、琵琶湖の水と生息する魚等を食し共存してきた富栄養湖で、当てはまらないと思いますが、人口70万人で推移していたころ琵琶湖と人が共存できた時代が羨ましく思えてきた。人口が増えることは琵琶湖にとって良いことかと疑問を感じた。
喫茶店で朝日新聞を開くとベルギーでも老朽化した原発の再稼動のニュースが目に入った。福井高浜原発4号機が今日から再稼動されたとテレビのニュースが伝えていた。もし原発に事故が起き琵琶湖の水が放射能で汚染されれば回復は不可能になり人が住めなくなると・・・人口の増加よりも心配だと感じた。
写真は上と中は由美が浜、下は芝桜の植栽風景
比良と河津桜
2016/02/25
今年は比良山の雪を背景に河津桜を楽しめないと思っていたら、朝の散歩の三井寺の展望台から琵琶湖を見ると昨夜に雪が積もったのか比良が白く輝いていた。久しぶりの晴天で視界は良好、でも国内事情は見通しも悪く視界ゼロだがお天気が良いと気分も明るくなれると少し嬉しくなり、急ぎ足で家に、そして河津桜と比良の写真を撮るために湖岸サイクリングに出かけた。浜大津港ではミシガン号も点検を終え桟橋で観光客を待っていた。少し寒いが湖面は静かで釣り人を見ていると春の様に見えるが湖国は比良の八荒〔3月26日比良八講)と奈良東大寺のお水取り、が終らないと春は来ないと僕の祖母が言っていたことを想いだして来た。自転車は目的地の由美が浜に着いた、河津桜は先日よりは花を咲かせて青空の下で鮮やかなピンク色が目に付き止った。僕は比良山と桜が撮れるポジションを捜すため自転車を降りた。木の傍に立ち花を見上げると青空と見事にマッチした花を写真に数枚、撮り、次は比良と桜をと構図を決め撮った。青空には花が一番と、今日は雲の美術館は休館日で良かったと、写真は河津桜の花で充分と自分に言い聞かせて自転車に乗り帰路に着いた。
原発新基準
2016/02/24
今日の京都新聞,夕刊の一面に原発新基準、高浜、1、2号機「合格」の見出しが目に入ったが、ネット等の情報ですでに決まることは知っていたので驚くことは無いが、40年を経過した老朽原発を再稼動するなど狂気の沙汰としか思えない、事故を覚悟で再稼動する事は戦時中の特攻隊の様で、此の国に住む人を道ずれに金儲けに邁進して行くというのかと呆れ果てて体、全体の力が抜けて空しくなるが、こんな事で怯んでいては、これから始まる目に見えてこないファシズムに立ち向かう事は出来ないと気を取り直した。
今日の湖岸サイクリングでは琵琶湖の北方の彼方にある福井高浜原発の事が心配になってきた。事故が起これば近畿1300万人の命の水が危険に曝されて生活が破滅することは間違いなしなのに危機意識が余りにも感じない人が多いのに驚いている。
日本では原発を止めるチャンスは1986年のチェルノビリの原発事故の折に国の原発建設の計画を中止する決断を逃し、また福島事故の後に全ての原発を廃炉に出来なかったこと、2回も原発を止めるチャンスがあったのにと悔やまれるが、此の国の政治家たちは一般常識を持ち合わせていないと嘆いても・・・・何か良い考えはと琵琶湖を見るだけ今日も終った。
空の美術館,開館
2016/02/23
久しぶりの空の美術館が開館した。三井寺の展望台から見る空に広がる雲の雄大な風景を久ぶりに楽しめ気持ちも明るい日になると思った。
午前中は月に一度のメディカルチェックに坂本の医院に向かい、異常なしと言われて、一安心で帰宅した。午後は三井寺の茶房ながら亭へ出かけた、此の場所は本を読むには最適と何時も集中できるので考える内容の物を2時間ほど読むのが通例になった。
読書を終え、境内を歩き、空を見上げると雲が新作と言わんばかりの迫力で僕の視野を独占した。よく見ると自分が海中から空を見上げている様な錯覚に陥った、今、北海道では流氷が接岸したニュース映像の情景を海の中から見ている様に想像した。
今日は空の美術館では大作を鑑賞できて大満足で家に、そしてテレビから流れてくるニュースが気になった。新幹線の全車両にビデオカメラが設置され常時記録撮影される事になったと聞き、日本も全体主義国家へなって行くのかと少し心配になった。
しばらくたって僕が以前に見た映画1984、を想いだして来た。ジョージ・オーウェル原作のSFディストピア小説の映画化された作品の映像が僕の記憶の中から断片的に浮かんで来た、全てが管理されて自由に考えたり恋愛も出来ない社会で街角や家の中でもビデオカメラが四六時中の出来事を監視している社会の恐ろしさを感じたことを・・・、その様な時代になれば自由に空も見られなくなるのかと想像すると怖くなり、絶対に今の社会の自由さを守るためにも確りと政治を監視しないといけないと考えた。
















