中島省三の湖畔通信

葭原の萱ねずみ

2015/11/13

僕の自主制作映画の中で琵琶湖の問題点を語ってくれた京大名誉教授のNさんが琵琶湖の葭原に生息している萱ねずみ、は輪島の漆芸作品にはどうしても必要で、萱ねずみの毛で作った筆でないと美しい線が描けないと、そして琵琶湖を経済第一主義で水利用だけを考えるのではなく、文化的な面、琵琶湖の美しい景観から文学や芸術が発展して行く事も大切なことと話されていたの思い出してきた。北山田港の航空写真は1970年代に僕が撮影した写真ですが自然の湖岸の様子が見え葦群も湖畔に青々として元気な姿が見えますが現在の姿は琵琶湖総合開発で変貌してしまい昔の面影を感じることはできません、人工的に葭原の再生を行っていますが先日も空から見ると植栽された葦が湖畔にできた田圃の様な葭原に見え不自然に感じます,この様な葭原には萱ねずみは住めないと思っています。パソコンで萱ねずみを調べると滋賀県では準絶滅危惧種とありましたが多分に開発の影響で琵琶湖の南湖の葦地帯が破壊された時に萱ねずみも、ねぐらを失い消えてしまったのではないかと・・・人工的な葦群落の写真を見ながら考えた。失った琵琶湖の自然は元には戻らないと・・・・植物の地球上での歴史は26億年と長く人知など遠く及ばない思った。

小春日和の湖岸

2015/11/12

今朝テレビを付けると、天気予報が今日は小春日和と伝えていた。以前にパソコンで調べ、小春日和は十一月、晩秋の頃にぽかぽかとする陽気で晴れた日の事と覚えている。自転車で湖岸へ、湖面は風も無く波も立たず鏡の様に風景を映している。観光桟橋を先まで進み大津市街を眺めて改めて衝立の様に湖岸に聳えるビル群を見ると何が今更に風景条例の制定などと戯言をと思った。湖面を見ると植物プランクトンのアナベナがアオコの様子を示している。先週の土曜日に空から撮った浜大津港近辺の写真がラボから帰ってきた、ヘイズを取り除くとアオコと思える湖面が浜大津港付近に漂っているのが確認できた。飛ぶ前日の金曜日には県がアオコと発表する前に写真に撮っているが、アオコの状態は近年、見る中では大発生だったと感じています。その翌日でもあり、晴れていればもっと鮮明に記録できたのにと僕は悔やんだ。想像以上に琵琶湖の水質が悪くなっているのではと僕は思っています。今日も琵琶湖は美しい姿を見せていますが・・・午後は昨日に続き映画に出かけた。パルコ、大津セブンシネマで上映されている映画 エベレスト、を見た何も考えずに楽しめる映画も、たまにはと気楽に鑑賞した。ガイドが案内する観光登山的なエベレスト登山ですが、命をかけた観光登山のリスクを体験して、手に汗握るシーンが3D映像でそれなりの立体感は感じるが見終えた後に3Dでなくても良いと思った。人物などが飛び出して見えるが、それに目が行き肝心の映像全体の奥行きをじっくりと味会うことが出来なかった、物足りなさを感じた。昨日に見たナイトクローラの方が印象に残り映画としての点数は此方の方が上だと僕は思っています。

午後は映画へ

2015/11/11

晩秋の晴れた日、何時もの散歩の三井寺の展望台から見る光景も今日は視程が50キロ以上あり周囲の山々は近く感じた。境内の紅葉も始まり、グラデーションで見られ美しいと思った。午後は久しぶりに浜大津のアーカスに向かった。お天気が良いのに映画館に入るのは抵抗を感じるが、話題のアメリカ映画,ナイトクローラー(監督ダン・ギルロイ)はインディーズ作品でアメリカでは興行成績が良かったときいています。アメリカの現代の歪んだ社会を取り上げた内容で興味をもって見られた。主人公は学歴も無く定職もない、くず鉄を集め、時にはマンホールを盗んだりと小さな悪を繰り返しながらの暮らしが在る日の出来事で一変する、事故を取材するカメラマンが映像をメディアに提供して高額な収入を得ている事を知り自分も自転車を盗みカメラと交換してパパラッチを始めニュース映像をテレビ局に売る仕事を始める。、青年(ジェイク・ギレンホールが演じるルイス)が人としての倫理を無視して友人を平気で裏切ったり事故に逢わしながら、それをもニュース映像として売り込みながら会社を作り成功して行くと言った内容で、見ていると腹の立ってくる事ばかりの映像が続いて血圧も上がりますが内容がアメリカ社会の内実が描かれて、格差社会の醜さを知らされた。日本の現状もまた格差社会が進む中、アメリカ映画の中で起こっていることは日本でも起こっていると思った。映画を見終えアーカスの4階より琵琶湖を見た、映画の始まる前に撮った写真から二時間がすぎ夕景の静かな佇まいを見せてくれて映画で少し沈んだ気分を明るくしてくれた。

木々の装い

2015/11/10

昨日は朝から雨の降る日で在ったが楽しい出会いが・・・午後三時過ぎには雨も小降りになり近くの陸上競技場周囲を囲む公園に出かけた。木々たちは秋の装いで美しさを競っていて公園は華やかなファションショーの会場の様で楽しくなって、夢中で木々たちをデジカメで撮った。木の下に広がる落ち葉の美しさ、少し離れて木を眺めると自然の作為のない純粋な美が静かに僕の体の中に染みこんで気持ちが和らいで豊かな時間を楽しんだ。家に帰りデジカメの写真をパソコンの画面で見ている時に先日にテレビで放送された縄文時代の番組を思い出した。全部見たわけではないが冒頭は少し不愉快になった、外国のオークションで縄文の土偶に一億五千万円の値段が付いたと、またお金のはなしからと思ったが、以後は縄文時代の生活様式の素晴らしさを伝えていた。縄文人は自然を巧みに取り入れ巨大な栗やドングリの実のなる森の中で集団生活をしていた事、縄文時代が一万年もこの日本で続き素晴らしい火焔型土器や芸術性の高い土偶などを作った高い技術を持っていたと放送で賛美していた。そんな素晴らしかった縄文時代と現代を比べて見ると、此処百年間のヒト、モノ、カネの資本経済社会は地球の資源を使いライフサイクルの短い物をつくり続けて今ではゴミとなり空、海を覆いつくしてあらゆる生命体に危機を及ぼしていると言われている。テレビや新聞から流れてくる便利さを賛美した情報は限りなく物欲を駆り立てて行く、先日も未来は自動運転の車がとメディアはもてはやしていた、今では戦争に使う飛行機や武器を持ったロボットはすでに自動化されていると聞く、ボタン一つで何でも出来るなんて勘違いもいいところです。メディアの情報も負の部分もしっかりと伝えないとウルグアイの前大統領ムヒカさんの言うように物ばかりを欲していては貧乏になるばかりです。乗り物は自動化とスピードを求めて忙しくゆったりと流れる時を忘れてしまった現代に必要なのは人に考える時間と立ち止まるべき時と思いながら人類の未来はどうか足ることを知る,知の世界が来るようにと願った、そして便利なパソコンを使いこのような事を書いている自分は矛盾していないのかと問いかけた。

秋の空景

2015/11/09

先日の空中散歩では琵琶湖周辺の空景はモヤットしてパンチの効いた写真は撮れなかったが、それなりに風情があり満足している。名古屋空港に着陸して事務所で休憩して、またPA28パイパー機JA3933は名古屋から静岡空港へと飛び立った。飛行機仲間の松岡さんが名古屋空港で食事するより静岡へと・・・チャーター機ならではのちょっとした贅沢な小さな空の旅を楽しめて空の好きな僕には最高の日となった。機は静岡へと安定した気流の中を飛んで,眼下に広がる市街地を抜け山間部へと高度6千フィート(1800メートル)といっても山の高さ千メートル以上あるから山の紅葉も迫力を感じながら秋の空景を楽しめた。上空から見る山の紅葉に感動しながらデジカメで撮った。僕も大津で飛んでいた頃を思い出したが自分が操縦しているとゆっくりと写真を撮ったり眺めたりは出来なかったが今日は中橋氏の操縦のお陰で充分に空の散歩を楽しめた。太平洋の方を見るが海はヘイズで見えないが山並みが日本画の様な光景を見せている。パイロットが空港との無線通信にいそがしくしている空港は近い、眼下に茶畑が広がっていて静岡と感じる機は無事着陸した。僕は静岡空港を見るのは今日が始めてで小さな空港と、でも国際空港でターミナルビルもコンパクトに出来ていて利用客は中国人の観光客が多く賑わっているそうです。昼食はターミナルビルで飛行機を見ながら石松ではないが鮨食いねえの清水港が近いから魚が美味いと松岡さんが言った、それで石松、いや松岡さんが鮨をご馳走してくれた持つべきものは友と感謝しながら鮨を食べた。帰りのルートは海岸線を飛行して町の明かりが灯る頃に名古屋空港にランディングして楽しい空中散歩は終った。

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