中島省三の湖畔通信

セイタカアワダチソウ

2015/10/19

今日も秋晴れ、浜大津港付近は祭りの後の寂しさ?昨日、ジャズフェスで賑わった事が思い浮かぶが今日は人影も疎らな湖岸を自転車で走った。プリンスホテル近くの湖岸で何かに呼ばれた様な気がして自転車を止め湖岸を見ると黄色の美しい花が青空の下で手招きをしている。近づくとセイタカアワダチソウと直ぐに判った、此花は一時勢力を誇っていたが、最近は気にしないせいか目に付く事は無かった、僕が際川の飛行場で見る此花は背丈も2メートルは在り飛行場周辺に群生していて秋の風物詩と言うより威嚇されているように見え、要注意外来植物として認識していて駆除しなければと其の当時は考えていたがいつの間にか僕の脳裏からセイタカアワダチソウの存在は消えていた。今日、再会するとは思ってもいなかった、改めて花を見ると黄色で美しいと素直に感じた、明治末期に園芸用として我が国に輸入されたが大々的に広がったのはアメリカ軍の支援物資に付いていた種子が原因と、そして侵略的外来植物ワースト100に入るとパソコンの画面に、此れは個別的自衛権で対応かと思った。此花とアレルギーを起こす花ブタクサを同じと思っていた自分を恥じて、湖岸に咲く黄色のセイタカアワダチソウの映っているパソコンの画面でこの花の美しさを再認識した。その後、近所を自転車で巡ると彼方此方で見かけた帰化して時間も流れたし、此花も秋を彩る日本の花だと僕は思った。

一本木コロッセオ

2015/10/18

大津ジャズフェスティバルが昨日、と今日、浜大津近郊で開催されている、今年で七回目で行政には頼らない民間の実行委員会組織で運営している。晴天に恵まれ各会場はジャズファンで賑わっている。僕も午前中に湖岸サイクリングを終え、午後は一番近い会場へ向かった、其の場所の名前が一本木コロッセオと名前が付いている事に始めて気がついた。大きな石柱が並び中央に木が一本植えられてあり大きな石の三角形の彫刻と二本の大きな石柱が聳える公園にその様な名称があるとは知らなかった。会場に着くとジャズの心地よい音楽が青空の下を流れていた。僕は音楽はウイークポイントでジャズは分からないと思っているが今日はサックスの音が湖岸風景とマッチして素直に僕の心に入ってきた。演奏が終わり別の会場を回ったが僕は一本木コロッセオが一番気に入り、又其の場所に帰り次の演奏をきいた。秋はイベントも多く大津の街は昔の賑わいを見せてくれる。

湖岸はイベント山盛り

2015/10/17

天気予報が外れ晴天になった。湖岸を自転車で走ると彼方此方でイベントで賑わっている、浜大津港では外来魚の釣り大会が開かれて家族連れの姿が多く見られた外来魚にとっては厄日になった。由美が浜まで来ると公園地帯はおおつ花のフェスタが開かれ会場は花を売る店が多く並んで人出も多く賑わっていた。浜大津なぎさ公園ではジャズフェスの準備が進んでいた。午後はまた自転車で膳所の大津市生涯学習センターであるつどいに出かけた。沖縄戦70年未来につなごう、平和の心、とパンフレットにキャッチフレーズが、映画GAMA-月桃の花、を見るために・・・会場は視聴覚室で入ると16ミリ映写機が目に入った、DVDでプロジェクター上映と思っていたから嬉しくなった。映写機のカタカタとフイルムを送る音を聴きながら映画を見た。1996年制作で少しフイルムがくたびれているが内容が良いので映画に引き込まれて行き、沖縄戦で沖縄の人達が受けた悲惨で残酷な体験と戦争の不条理が描かれた映画を見て改めて本土に住むものの責務はいまだ果たせていないと感じた。日本政府は基地問題を沖縄に押し付ける事をやめて真剣に考えるべきと思った。帰路、浜大津港の公園ではジャズフェスで多くの人が楽しんでいる、こんな平和な風景が何時まで見られるのかと、音楽に乗って軍靴の音はしていないのかと、少し心配になった。

雲一つない秋空

2015/10/16

自転車に乗ってちょいと・・・タカダ、ワタルさんの歌にある様に湖岸へ向かった、161号線を越え疏水の湖岸を見ると少し緑色になっている、琵琶湖の水質が悪くなったかと少し心配になった。浜大津港の湖面も緑色の薄い筋が湖面に見えたが晴天の下、波も無く観光船が美しく映る水面は絵の様に美しく見え、環境問題に関心の無い人が見れば素晴らしい光景と思う。文化館の湖岸にもアオコと思われる現象が見えた。滋賀県環境課に知らせようと思ったが止めにした。打出浜からのなぎさ公園では草刈が進んでいる。湖岸を人工化すると経費が嵩むばかりで税金の無駄遣いと開発で琵琶湖を加工した付けは永遠に続くと思った。今日のサイクリングはカメラが重く感じた。

昨日の雲

2015/10/16

昨日、大津歴史博物館へ企画展、比叡山ーみほとけの山ーを見終え外へ出ると美しい雲が広がる風景が見られた。比叡山の仏像が館内ではなく、この大空に展示されていたら、美しい大空をバックに仏さまの居られる素晴らしい世界が表現されている様を想像した。昨日の空は今日はない、過ぎた時には帰れない、タイムマシンの可能性は唯一、未来に行ける事は理論的に可能だと聞いたことがあり,たとえば意識を数年間なくして十年後に気がつけば時間が過ぎて未来に来ていると感じるかも・・・・そんな事を考える昨日の美しい大空の光景を思い出した。今日の湖岸から見る風景は雲、一つ無い晴天では想像が貧困になってしまった。

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