夜空の羊雲
2015/09/28
昨日の湖岸から見た雲の光景は素晴らしく、下方に積雲が上方に巻積雲の羊雲が見られ、お天気の変わり目で、その後は秋晴れになった。その日の夜半に玄関前の夕顔の花が気になり外にでた、満月が近いのか明るく感じ、空を見上げると羊雲が月のバックライトを受け美しく、羊の大群が空を泳いでいる様に見えた。今夜は空に大牧場が出現と呟きながらデジカメで写真を撮った。僕は暫し夜空の羊雲を眺め感動した。まだ知らない事が多くある身近な世界の広がりにわくわくしながら過ごせる暮らしに感謝した。寝床に着くと汽笛が聞こえた・・・銀河鉄道のSLが出発する合図かも機関車は夜空に広がる羊の群れを避けながら宇宙に旅たって行くのだと想像しながら眠りについた。
昼の女王と夜の女王
2015/09/27
昼の女王と夜の女王の出会いを楽しみに待っていたと言っても花のことで、ハイビスカスと夕顔の花が同時に見られないかと、そして写真に撮れたらと願っていた。今日の夕方にその時が訪れた、デジカメを取り出し二つの花を撮った。夕顔は咲いたばかりで白く少し憂いのある上品な色香をハイビスカスは少し情熱が衰えたがカルメンの様に感じた。こんな平和で長閑な時間を感じていて良いのかと、花の写真を見ている時に僕の頭を昼間、読んだフォトジャーナリズム誌DAYS,JAPANの写真と記事が過ぎり、海辺の写真を思い出した。この国のニュースではぼかしの入った写真で訴える力が弱かったが此方の写真は説得力がある、トルコの海岸に流れ着いた三歳児の遺体の写真は遣る瀬無い気持ちをどうすることも出来なかった。平和な国で暮らしている自分を恥じるだけです。この国も真剣に難民問題を検討すべき時期に来ていると感じた。
脱原発、市民ウォーク
2015/09/27
昨日、脱原発市民ウォークに参加した。44回目で福島原発事故以来続いているが最近は参加者も少なく今回は13人がJR膳所駅から関電滋賀本社そして湖岸までをシュプレヒコールをしながら歩いた。友人から、そんなデモして意味があるのかとよく言われるが僕は最初から意味など関係ないとただ黙って歩けばとそれでいいと・・・・地球上で人類が豊かな生活を求めている限りは環境問題は解決しないと思っている。便利になり暮らしが良くなる事も大切と感じるが江戸時代は現代の便利な機器は殆どなかったが人々は豊かな文化を築き平和に生活していたことを考えると今の暮らしから無駄な物を引き算して新しい生活の在り様を構築して行く時代に来ているのではないかと思った。
アオコが発生
2015/09/26
三井寺の展望台から見る景色も空に広がる雲がある時は雄大に感じる、青空に雲がある光景は見飽きることが無い。気分爽快で散歩を終え、直ぐに自転車で湖岸に向かった、途中で疏水の河口近くで湖面が緑色のペンキを流した様に見え、急いで自転車を止め湖畔に行くとアオコが発生している。広い領域ではないが久しぶりに見るアオコは異常に鮮やかに湖面を緑色に染めていた。何枚か写真を撮り終え。浜大津港へと、ここでも湖岸から水面を見るとアオコが漂っている、琵琶湖の水質はそんなに良くなっていないのだと思った。知人の記者に電話をしてアオコの話しをすると、アオコは滋賀県の環境課らが調査しないとアオコの発生とはならないことに決まっていると聞き去年はアオコは発生していないと県が発表していたが県の職員が大きな琵琶湖を隈なく見られるはずがない、お上の体質なんて国も地方も変わらないと僕は思っている、職員が現場に向かう頃には植物プランクトンのミクロキスティスは消えているかもと、僕等は琵琶湖の環境については少しは勉強もしたので赤潮やアオコぐらいは判断出来ると思っている。今日は間違いなくアオコが発生していると確信した。国が決めた琵琶湖再生法も大きなお金が動くだけ琵琶湖が美しくなるとは思えない、以前総合開発で莫大なお金をかけた結果が現在の姿、また再生法やらでお金を無駄に使い元の木阿弥となるのが落ちかと思った。
湖岸の彩り
2015/09/25
お天気が回復した午後、何時もの湖岸サイクリングに出かけた。浜大津から続く湖岸線はコンクリートや石積みの人工の岸辺で構成されている。長く続く緑地も植物で覆われている、間もなくシーズン毎の草刈が行われるが僕は植物が太陽と水と空気で自然に育った風景は素直に美しいと思っています。以前は雑草と呼んでいましたが僕はこれから植物と言うことに決めた。由美が浜で自転車を降りデジカメで草の茂みを撮っていると秋の虫達のコーラスが聴こえてきた残念ながら写真では音までは写せないがと・・・・ならば動画なら音も取れるのですが・・・虫の声は実際に聞くのが一番と思っているので止めました。打出浜の湖岸の石垣は植物が美しく覆っています。彼岸花までが石の間から私も此処に咲いていますと知らせてくれている。何も琵琶湖再生法で自然を回復するより植物達に任せばお金も要らずに自然が回復するのが早いと僕は色々な植物が競って秋を表現している湖岸に立ち本当にそうすべきと思った。
















