昆虫老年の蝶撮り
2015/09/11
玄関前のデュランタ宝塚の花も最終章へ近づいてきた。花の数は少なくなったが昆虫たちが入れ替わり訪れてくれる。今日も散歩から帰ってくるとヒョウモンチョウが花の蜜を求めて舞っている。デジカメを持ち出し何枚かを撮影した。友人に飛行中の蝶が一番美しいと言っていたのを思い出し飛行中のヒョウモンチョウを撮ろうとファインダーの中にと狙うのだが直ぐに枠外に、以前に本で読んだ蝶の飛行術はカオス的な飛行をするのでファインダーで捕らえるのは難しいとあった。そして戦中にパイロットをしていた人に敵機に背後に付かれた時に木の葉落としの飛行術を使い敵機の追撃から逃げたと話された事を思い出した。木の葉落としも蝶のカオス的な飛行も予測する事は難しいとデジカメのファインダーから目を離した。その後友人とコーヒーブレイクを終え家に帰ると先ほど見たヒョウモンチョウとは別の種類が飛んでいた、慌ててデジカメを持ち出し撮影したが飛行中のチョウは撮れなかった。早速パソコンに取り込み画像を見てネットで蝶の種類を調べるがツマグロヒョウモンチョウと分かったがもう一種の方はヒョウモンチョウか同じツマグロヒョウモンかと俄昆虫老年は迷った。そしてヒョウモンチョウと大枠で記憶しておく事にした。
異常なし
2015/09/10
幸い大津は台風18号の影響もなく無事すんだが東日本、茨城県常総市では鬼怒川が氾濫して大変な事になっている、自然の驚異は何処で起きても不思議でない以前の台風の雨で三井寺から流れ出る小さな谷川が増水して我が家の前の道路にも土砂が堆積したことを思いだした。まだ台風シーズンは続くと災害への備えを考えた。三井寺の展望台から見る東方の空は美しい雲が秋が近いことを知らせてくれる。同じ空の下で起こった災害に遭われた人々の無事を祈るのみと・・・・・・
美術館へ
2015/09/09
台風18号の影響がと少し気にしながら京都へ出かけた。飛行機仲間のMさんに誘われ、これまた飛行機仲間F君が経営する店に行った。久しぶりに会うF君は巨漢に体重91キロと・・・・ウナギ金糸丼とビールをMさんにご馳走になった。飛行機談義も楽しく終わり次回の名古屋でのフライトを約束して別れた。京都まで来て其のまま帰るのもと京都市美術館へとマグリット展とルーブル美術館展が同時開催されているので見ることに・・・混雑しているかと思ったが台風のお陰で並ぶことも無くチケットを買えた。二つの展覧会で3千円と映画三本分かと呟いてルーブル展の方に入ったが中は相当混雑していてゆっくりと見ることは出来ないがフェルメールの天文学者の処では空いていて名画を楽しめた。何時も美術館で名画を多く見ても印象に残り難いのはと考えた。僕は映画館で予告編を何十本と見るのと同じで映画の本質が見えない事と同じかなとルネサンスの巨匠から続く西洋絵画を一度に多く見ても本来の画家の意図が感じ取れないのではと思っています。続いてマグリット展に入った、こちらは然程混雑していない。以前から駅で見るマグリット展のポスターが印象に残っていたので此方だけの方だけでよかったかなと思いながら絵を見始めた。時代が20世紀と現代美術で理解もしやすく作家の言葉が伝わってきてわくわくしながら作品と会話できた。多くの画家の作品を見るルーブル美術館展よりも一人の作家の歴史を通してみる方がベストだと思った。そしてマグリットの一枚が僕に話しかけてきた様に感じた。君は白紙委任状を出していないかと問いかけられた。樹林の中を貴婦人が行く絵には馬が見えない部分もある、その絵白紙委任状は僕の選挙らに関する行動が無責任で物事をよく見ていないと、もっと見えていない大切なものを見ることが出来る人間になろうと素直に思った。
雨も楽しい
2015/09/08
秋雨前線と台風18号の影響で雨模様だが自転車で湖岸を走った。幸い雨具を使う事無く走り終えた。今日は下手な文を書くよりは写真をと言っても追、書いてしまう・・・・由美が浜では雑草が勢いを増し人工の砂浜を覆いつくしそうに見える。これも自然の成り行きと人類がいなくなれば直ぐに青く美しい水と周囲は緑で覆われた原始の美しい湖が復活してくることは確かなことと・・・そんな事を考えながら湖畔通信を書いています。
三井寺展望台
2015/09/07
三井寺の観音堂の展望台から雨の光景を眺めていると昨日のワークショップでの講師の話を思い出してきた。実しやかに話される内容を聞いていると上から目線で実際に観音堂からの風景を見ておられるのかとおもった。もう観音堂からの景色をみて五十年以上は経つ、四十年位前ならば広重が浮世絵に描いた眺めとは驚く程の隔たりは感じないと僕はおもいます。田中角栄の列島改造で大きく変化した事は歴史の流れとして受け入れねばと考えてます。でも江戸時代の浮世絵に描かれた観音堂からの眺めは庶民が認知した名所であることは開発する側の行政や土建業者なども認識すべき事柄であったと僕は思います。今更ここまで進んだ光景を見て学識経験豊かな学者を交え行政は風景条例をと言われても僕は下手な漫才をきいているようでかなしくなってきます。今日も三井寺の展望台から見える景色はそれなりに現代を表現していると思えます。湖岸から見る景色も今の地球上なら何処でも見られる日常と思います。湖岸のある場所には柿本人麻呂の歌碑が近江のみ夕波千鳥名が泣けば心もしのに古おもほゆと歌が読まれたのは千三百年も前の事で今更そんなイメージで風景見えてくる訳ではない、何時も歌碑を見るたびに白けて来るが柿本人麻呂さんの廃墟の美学には賛同しますが、その様な廃墟の美を見るには暫らく時間が掛りそうです。琵琶湖の自然の美しさを知らない人達が自然が自然がと叫び続けて現代的な建築物を湖岸にたてる様はいとおかしきことでごじゃりますと人間が名前をつけた湖、琵琶湖がそう申しておりました。














