湖岸のひまわり
2015/08/18
天気予報が外れ晴天に、今日は湿度が低く湖岸を自転車で走ると爽やかな風を感じ秋がもう近くにと空を見上げると太陽がまだ夏だと強く言ったような気がした。浜大津港近くの公園の向日葵が青空をバックに輝いている、僕はひまわりと言えばイタリア映画ひまわり、を思い出してくる1970年制作でソフィアローレンとマストロヤンニが夫婦役で戦争で家族が崩壊して行く内容だったと覚えている。ビットリオ・デ・シーカ監督が戦争の不条理を描いた名作でタイトルバックに広大な向日葵畑が映し出され音楽も素晴らしい印象に残る映画でこの次期にもう一度見てみたいと思った。
備え在れば
2015/08/17
午後三時半空を見上げると少し明るく見え雨は大丈夫と自転車で何時ものサイクリングへ出かけた。由美が浜で折り返してくると静かな湖面に比叡山が映りそれなりの光景がデジカメを出させた。何枚かを撮って背後の空を見ると黒い雲が迫って来るのを感じ急いで帰路にと自転車を走らすが雨粒がズボンに落ちてきて見る間に水玉模様になった。見渡すと何時も寄る喫茶店に雨宿りと駆け込むと雨脚がきゅうに強くなり本格的な雨降りになった。コーヒーを飲んでゆっくりしていれば止むかと思ったが今日はこの店は5時に閉店と知らされ、ならばとリュックから雨具を出し着用して雨の中を家に向かった。ペダルを踏みながら備えあれば憂い無しと呟いたが国の進める新安保体制で軍備を強くするのは、備えあれば憂いありと誰かが言っていたのを思い出してきた必要以上の軍備は備えあれば憂いありと僕も思った。
美しい翼
2015/08/16
湖畔通信も毎日となると題材に困る時もと思い写真だけは撮っている。昨日は意外と暑さも気にならず久しぶりにデジカメ一眼をリュックに入れ湖岸へ自転車で向かった。何時も持ち歩くデジカメでは沖の鳥が撮れないからと痛めた腰を気にしながらペダルを漕いだ。打出浜から見る湖面は藻が勢力を増し面積が広がっている。沖合いの藻の浮洲に白鷺が見えるが僕のズームレンズでは倍率が低く無理とあきらめ場所を変えると湖岸の近くの藻の上に白鷺がいるのを見つけ自転車を降りカメラを出し撮りながら近づくと白鷺は飛んだが構わずにシャッターを切った。モニタースクリーンで確認すると白鷺の白い美しい翼の写真が撮れていた。飛行機の翼と違い気流に対応して変化する翼型を見て改めて白鷺の凄さを感じた。僕の操縦するセスナなどは固定した翼にエルロンとエレベーターとラダーと呼ばれる補助翼がそれを操縦桿と両足でラダーペダルでコントロールするのだがそれも滑走路を充分走ってやっと空中にういてからのお話しです。白鷺はその場所から1羽ばたきで空中へ舞い上がり大空へとその間低速から巡行速そして着陸へとその時変化する翼の形の美しさに僕は見とれるだけです。空を飛ぶ事の好きな僕は白鷺の写真を見ていると体の中のストレスが飛んで行き久しぶりに空を飛びたくなった。
自転車
2015/08/15
今日8月15日は敗戦の日で各地で記念行事が行われている。幸い我が家で戦死した人はいないが父の使用人で二十歳で出征して南方で帰らぬ人となった昌さんのことが思い出されてきます。戦地よりのハガキで子供の自分に宛てた手紙で南方ではバナナが豊富にあり僕に送れたらよいのにと書いてあったと祖母によく聞かされた事を毎年この日に思い出してくる。終戦後は物不足で皆がものを大切に使った時代から時は流れ多量消費時代になったが今から41年前に長男にと買い求めた自転車が今もあり次男もその自転車で乗れる様になった。41年も経った子供用の自転車にお盆で帰省した次男の子供、孫が今日その自転車で走ってくれた。子供用自転車といっても職人がきっちりと作ったものならば何世代にも使用でき資源の無駄使いにはならないと、エコ、エコと言われているがカメラや電気製品、などもライフサイクルが短く買い替えに追われ次から次へと出費に追われる有様です。僕の手元にあるデジカメも5年を過ぎると故障が多発して使い物にならないが8ミリ映写機は40年の時を経てもまだその当時のフイルム映像をスクリーンに映し出している。古いものが全て良いとはおもいませんが造る側も長期の使用に耐えるものを造る責任があると古い自転車を見て感じた。その自転車を見ると残念ながら日本製ではなかった・・・
カルガモ
2015/08/14
湖畔通信もネタ切れかと今日も湖岸へ自転車で向かった。暑さも峠を越えたかなと頬に感じる風も爽やかに感じた。打出浜ではカルガモが藻の塊の上でのんびりと休んでいる、写真を撮ろうとデジカメを出し近づくと安全圏まで飛び立った残念・・・・と言う結果が今日の写真です。夕食後、テレビから流れてくる安倍談話を内容の軽さには感ずる事なしと僕の胃は消化不良になった。













