中島省三の湖畔通信

真夏の湖岸

2015/08/04

午前中は平和を願う子供たちの作品展の準備を手伝いに出かけたと言っても僕は腰の具合がイマイチなので楽な仕事で済んだ。午後は自転車で湖岸に向かった真夏の暑さで釣り人も見当たらない湖上を見ると花火の準備かタグボートに引かれた台船と観光船ミシガンがゆっくりと進んでいる藻群の上には白鷺が暑さを耐えているけだるい午後の風景を楽しむには今日の熱さは厳しいと思う。バスボートの釣り人の影が湖面に映っている光景も涼しさは感じない。夏と言えば台風の思い出が蘇ってきた1950年9月と言えば僕は10歳の時に体験したジェーン台風だ幼馴染のN君と連れ立って疏水の湖岸へ行くと琵琶湖の水が台風の風圧で東岸に寄せられて湖底が見えているのを見て驚いた事を今も覚えている。台風の最中に何故子供の僕等が強風の中を出かけたのかと、考えて見ると台風の目の中に入った時に風がなくなり湖岸を見に行ったのかと・・・・今考え思い出している。写真を撮っておけばと思ったが子供時代にカメラが手に在るはずがないと僕はカメラを手にしたのは十二歳の時と台風が二年遅ければ写真が撮れたのにと残念な気持ちになった。

映画雪の轍

2015/08/03

今日は湖岸へのサイクリングは止めにして京都へ行った。めずらしく八月は映画を一本も見ることがなかった。今話題の雪の轍を見るため京都シネマへ作品は去年カンヌ映画祭でパルム・ドール賞のトルコ・ドイツ・フランス合作映画で監督はトルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイランは久しぶりに期待をした映画だ。トルコ、カッパドキアの美しい風景が画面に映し出され美しい静かな内容と思ったが会話劇と言うより罵り合いや喧嘩の会話が続き最後まで字幕を見るのに追われたが長い人生では偽善や欺瞞、あまりにも利己主義的なプライドが蠢き自分の心中を突き刺されているようにも、三時間越えの映画は僕の好きな映画だった。映画の中で唯一プライドが輝いたシーンが・・・男が金持ち(美人妻)からの施しの大金を暖炉に投げ込むと紙幣が炎に消えるシーンはカッコ良いなと・・・・満足感を持ちながら京都シネマをでた。そしてバーK6で久しぶりにカンパリソーダーで映画の余韻を飲み込んだ。

持仏

2015/08/02

昨日と今日はアフリカ並みの熱さと・・・アフリカ大陸には行った事はないがインド洋に浮かぶ島国セイシエルはアフリカ圏で観光立国には取材で行ったことがあり、其の時に感じた熱さを思い出した。腰を痛め今日は自転車は止めにした。先月に三井寺でのシンポジュウムで友人の造形作家の本郷さんに久しぶりに出会え楽しい会話も、そして彼の金属の作品が本寿院の玄関に飾られていると伝え、其の場所で本人と作品を記念写真として撮った。後日、僕の送った絵葉書と写真のお礼にと木彫りの小さな持仏が三体送られてきた。中に小さな説明文が・・・最後の方に自分を信じ物事を前向きに見て日々明るくすごしましょう。と彼の作品は金属で楽器にもなる作品や夢のある大きな鉄製の作品で人を楽しませてくれた今なぜ彼が持仏をと僕はその一体の持仏を手のひらに乗せるとなんとも言えない暖かさと優しさが伝わってきて僕の何故と言う愚問は消えた。持仏を手で優しく包み平穏にと心静めたいがこの国の政治や原発の事をおもうと怒りがふつふつ湧いてきてしまう。どうか平穏なくらしが出来ますようにと持仏に願った。

湖畔の賑わい

2015/08/01

浜大津港一帯は昨日から始まった大津夏まつりの続きイベントで賑わっている。今日はB級グルメの祭典であたり一面に油っこい匂いが漂っていて大勢の人が売店やチケット売り場には行列が出来ていた。打出浜に来ると暑さのせいか釣り人もなくひっそりとしている。湖面の浮き藻に今日はアオサギが獲物を狙って待ち構えていた。今日の琵琶湖は風もなく暑さだけが体に纏わり付いてきて不快指数は100パーセントは越えていると汗を拭いながらペダルを漕いだ。帰り道は商店街へ入ると湖畔の賑わいとは反対に静まり返っていた。商店街もイベントがあると賑わいがと以前は何もしなくても大勢の買い物客で賑わったのにと静かな商店街を自転車で走った。

白鷺と飛行機

2015/07/31

今日も晴天と言ってもイマイチのお天気だが何時もの湖岸サイクリングに出かけた。湖面の藻は除去作業で少しは減ったかと・・・・打出浜では白鷺が藻の塊に乗って悠々と獲物を狙っている姿に見とれているとその場から一羽ばたきで次の藻へと移動した。白鷺は離陸に失敗したと聞いたことは無い先日の調布飛行場での小型機の事故では離陸に失敗したのではと僕も大津際川の飛行場で小型機を操縦していたころは着陸よりも離陸に気をつかっていたセスナ172で4人乗ると短い滑走路約600メートルではフラップを一段下ろし尚且つ両足でラダーペダルのブレーキを踏みエンジンはフルスロットルでパワー全開その後ブレーキを放し全力走行して離陸、ショートフイルドテークオフの動作をした事を思い出している。事故機は低翼で6人乗りの機体に燃料満タンで大人5人、夏、滑走路は800メートルでは無理だったのかもと・・・・亡くなられた方のご冥福を祈るのみです。僕は飛行機操縦はスポーツ的な遊びのフライトが好きで関東なら大利根飛行場や龍ヶ崎飛行場が理想的な場所だったと今も感じているが現在の状況は分かりませんが・・・八尾空港にしても都会のど真ん中で離陸中にエンジントラブルがあればと何時も離陸時は緊張して楽しくはなかった。大津際川飛行場も初期の頃は家も少なく僕の好きなパイパースーパーキャブで何時でも鳥になれた時代はもう帰ってこないと湖畔の白鷺をみて遠くなった青春時代を懐かしく思い出した。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる