何でもない風景
2015/10/06
今日は坂本のK医院で検診を受け異常なしで一安心。外は秋晴れ,辺りを見渡すと医院の向かいの田畑に背丈の高いススキを発見、近づいて見ると他の植物を威圧していて近くに建つマンションと背比べしているように見えた。これはススキでは無く葦ではないかと思った、此処は下坂本で湖岸にも近く開発前は湿地かも、生き残った葦が勢力を伸ばしたのかと見上げた。何でもない風景が心に響き楽しいひと時が流れる。自転車を走らすと黄色の大きく垂れ下がった花が、この場所は何時も芙蓉の花が咲いていて写真を撮ったことも、道端の花の名所と?その花は後にチョウセンアサガオでダチュラとパソコンで見て分かり、毒性もあると書いてあった。綺麗な町並みや住宅街も悪くはないが写真にするのは難しい思う。新興住宅地には空き地や荒地があり無造作に植えられたか自然に生えたか定かではないが花が咲いていて逞しさ感じ勇気をもらい気分爽快です。コスモスの花が伸びやかに育ち咲く何でもない風景は僕の好きな秋景色です。
スーパーかいつぶり3号出動
2015/10/05
今日も秋晴れの下、湖岸を自転車で走った。日陰に入ると長袖シャツでも寒く感じる。月曜日で浜大津港も人影も少なく静かで公園の噴水も寂しそうに水を噴き上げている。文化館の湖岸ではスーパーかいつぶり3号がエンジン音と共に小さな外輪が湖面に水しぶきを上げながら藻に向かって作業している。以前の新聞記事には南湖五千ヘクタールの中四千ヘクタールが水草で占拠されていると、水草が増えるきっかけは1994年の琵琶湖渇水で水位がマイナス123センチまで下がり湖底にまで太陽光がとどき藻が繁殖したとあったが責任は自然にあるようにいっているが水位の調整をする国の機関のミスではなかったのかと僕はおもっています。南郷にある堰で水をコントロールして琵琶湖の水を調節することは難しいことだと、人間が自然を支配などできないと・・・もっと謙虚に琵琶湖とお付き合いするべきと思います。湖面を見ると藻は少なくなり・・・・でも殆どが湖中にあり、スーパーかいつぶり3号が非力に見えてきた。
山建て
2015/10/04
今日も秋晴れ、日課の湖岸サイクリングで膳所公園へ、帰りは旧東海道を通り大津へ走った。街中では大津祭りの山建てで祭り町の彼方此方で作業が行われている。京都の祇園祭りの山鉾と比べると小さくてコンパクトに出来ていて,京の山鉾の様に縄で絞めて仕上げる作業ではなく木組みの本体を、少し縄やロープで固定する位で午後三時には完成して、ためし引きが行われる。以前に博物館の仕事で撮影したこともあり山立ての現場で何人かの知人にあったが三十年の時間がたち年齢を感じる歳になっていた。子供の頃は四之宮祭りと呼んでいたが、何時頃から大津祭りに変わったかは僕は知らないが、大津市が観光の呼び物にしてからだと思っている。大きく見えた曳山もマンションやビルが立ち並び、町屋も少なくなりお祭りの風情を感じる事も少なくなりフエスティバルと呼ぶのが相応しいのかもと僕は思った。
石坐神社の榎
2015/10/03
今朝の京都新聞、社会面に湖国最大のトチノキの記事をよんだ。滋賀県では安曇川上流や余呉町の高時川源流らでトチノキの大木が話題になりテレビや新聞でよく見るが、大津市内の各所にも名木があり僕は時々、写真を撮りに行く機会も多くあるが、膳所、西の庄にある石坐神社の榎の大木が大津市の名木としても有名だが、神社の境内には入り榎を見たこも、名木であることも知っていたが写真に撮ることはなかった。榎は三井寺の展望台にもあったが突然に今年枯れてしまった。そんな事もあり榎の大木を見たくなり今日の湖岸サイクリングで帰路は旧道へ入り石坐神社へ寄った、其処には大きな榎の大木が堂堂と枝を秋空に広げていた。鳥居を潜り榎の傍に行き見上げると迫力があるが優しさを感じ抱かれているようで気持ちが和らいできた。以前にこの榎の大木を見た時は写真を撮らずに帰ってしまったが何故、今日見る榎はと・・・・ものを見ると言う事の深さを感じた、ただ眺めて考えもせず通過することの多い人生に今日はものを見る行為の大事なことを改めて学んだ。
山里の貴婦人
2015/10/02
今夕、美しい鉢植えの花が届いた。荒木さんが丹精込めて育てられた花を届けていただいた。黄色の上品な花はキイジョウロウホトトギスとメモに漢字で書いてあり、説明では大奥の位の高い女性のことを上臈と言うと話された、そして花の写真撮影もお手伝いいただきロウアングルで花弁の中を撮った。後でパソコンで調べるとこの花を目玉に売り込む観光地では山里の貴婦人と呼んでいて人気のある花で、花言葉も、あなたの声が聞きたくて、とそして女性に好まれているとあった。黄色の小さな花は少しの風でも可憐に揺れている。明日はお天気、この花の魅力に誘えわれ如何なる昆虫が飛んでくるのか楽しみになってきた。食欲の秋、僕はこの花を美味しいく見え食べたくなった。

















