映画
2015/06/08
六月に入って映画を三本を見た。一日は京都みなみ会館へロシア映画、神々のたそがれ、アレクセイ・ゲルマン監督を見に行った。SF映画と言ってもロケットやロボットが出てくることは無い。地球より800年時代が遅れている惑星の話でモノクロームの画面が中世の混沌とした世界へ運んでくれる、其処は雪、雨、火、泥、死骸、汚物、糞、鼠、等と人が同次元で蠢いているカオス的社会、最初は何と汚くおぞましい映画と思ったが暫らくすると僕は画面の中世の混沌とした生活の中へ入っていた。雪原を行く人と馬が美しく描かれたラストシーンを見てやっと現実に帰れほっとした。二日は大津セブンシネマへアメリカ映画チャッピーを見た。ニール・ブロムカンプ監督でアフリカのヨハネスブルグの近未来SF映画は犯罪都市で警官ロボットが活躍、その中の壊れたロボットに人口頭脳が取り付けられ人間とロボットのヒューマンドラマで未来都市の混沌が・・・何時見てもアメリカ映画の騒々しさと軽さにはと・・・映画は娯楽と割り切ればそれなりにと言ったところでした。三日目も同じセブンシネマで園 子温監督の最新作新宿スワンでこの映画も混沌とした東京新宿で活躍する風俗のスカウトマンの物語、今回の映画は園作品にしては血のり、の飛ぶ量も少なくアクションシーンも意外とリアルに描かれていた。僕は現代の東京にも十五年も行っていないし、渋谷の賑わいも・・・この映画新宿スワンで東京の混沌を体現した。金、金の社会での混沌とした人間模様には付いては行けないしと思った。三本の映画で僕は神々のたそがれに心が動いた。何時も便利な社会を批判しているが僕は中世の生活には人間や生物の迫力に魅力を感じるが、中世に生きることは無理とせめて昭和三十年くらいなら暮らせると考えた。写真は雑草の空き地、雨の森、・・・・特に雑草の空き地は僕の好きなタルコフスキーが対談の中で母の大切にしている庭の雑草を綺麗に刈り取るとそこには命を失った風景があったと語っていたのを雑草が生えている光景を見ると思い出してくる。
気流
2015/06/07
自転車で湖岸を走る日は天気が良い時よりも寧ろ悪天から好天、また好天から悪天へと短い時間で移り変わる時間帯に出くわすと琵琶湖の移ろい行く雄大な光景が楽しめる。雲の美しさ等は台風の接近してくる前には色々な雲が現れ楽しませてくれまた寒冷前線が通過した後は湖面が嵐のようになる様子は映画のワンシーンを見ているより迫力がある。自分の全視野で見られる大空のスクリーンには自然の雄大さを感じずにはいられない。先日も短時間の中に美しく変化する気流のショーを見せてもらった。僕の写真技術では空気感を表現できないがデジカメで撮った。円形の青空からUFOでも現れれば最高なんだがと欲をだした。まだまだ仙人にはなれませんね・・・・・
百円商店街
2015/06/06
百円商店街は今回もそれなりに賑わっているスパー西友が閉じてからのイベントで僕も興味があった。湖岸を何時ものように走り終え商店街に入った人通りが多く賑わっていて僕の思い出の中の商店街そのものにタイムスリップして昭和四十年代にいるような錯覚を覚えた。先日は芸能祭の宣伝をするチンドン屋が通った時とは大違いです。今日は残念ながら百円商店街というイベントでしかも新聞折込のチラシ等の宣伝効果も利いてのこと賑わいも本日のみで又明日からは人通りのない寂れた商店街へと帰ってしまう。この街の賑わいを取り戻すにはイベントをやるしか無いのかと思った。生活の中でのワンダーランドとは皆が楽しく買い物もできそして核となる遊び場、映画館等の娯楽施設が必要と以前、この街には映画館、芝居小屋。遊郭、料理屋、バー等が立ち並び遊びの要素は満たされていた。街の賑わいを取り戻すには遊びが大事かと思った。
六月の花
2015/06/05
花を写真に撮ったり湖畔通信に載せるようになってからはパソコンで名前や特徴を見るようになった。今日は湖岸を走っても天気はイマイチでカメラの出番は無しだった。六月に入ってから撮った花、夾竹桃、どくだみ、紫陽花と三種類の中で毒性の強い花は夾竹桃の凄さが群を抜いていて驚いた青酸と同じように人も死ぬとあった。環境が悪くても育つとなるほどと場所は競艇場の前の公園で国道161が走っているそんな所でも元気に咲いていた。どくだみの花は祖母がジュウヤクと言っていた、そして僕が子供の頃腕にどくだみの葉を貼ってもらた事をなつかしく思った。又の名を十薬と・・・・紫陽花にも少し毒があるらしいが薬としての効能があると書いてあった。この三種の中では僕はどくだみの白いクロスの花が一番好きだ。
見上げる
2015/06/04
入梅した今朝は晴天の空が広がっている三井寺への散歩も足取りが軽いストック二本を使うノルディクウォーキングは今日も快調です。展望台より見る琵琶湖の景色も視程も良く伊吹山、比良はもちろん湖北の山まで見渡せる、境内のツブラジイ等の大木を見上げると青空が広がっている僕はアマゾンやアフリカのジャングルは知らないが映像で見たジャングルから見上げる空のように感じた僕は飛行機が好きで空から下界をを見る所謂、鳥瞰的なものの見方をしてきたが今日、初めて見上げることの素晴らしさを知った年金ジジイになって空を飛ぶことも無くなったが地球上なら空を見上げることは誰にでもできる四十六億年の歴史を持つ地球の空を感じてわれ等人類を始め生き物が生きていることの不思議に感謝しなければと思った。
















