中島省三の湖畔通信

自由になった花

2024/05/17

雲一つない晴天となった今日、三井寺の展望台から見る琵琶湖は満々と水を溜めている、琵琶湖の淡水赤潮もここしばらく発生していないのは安定しているからと思うも晩夏から秋までの間はアオコがここ数年連続発生しているから安心できない状況ではと思った。午後は近江大橋を目指して湖岸ポタリングに出かけた。膳所由美浜サンシャインビーチではリュウキュウツキミソウが咲いていた。写真を撮るために近づくと花と一緒に他の植物もあり数年前の様に花だけが手入れされて咲いていないことが分かった。聞くところによると花を手入れされていた方がが数年前からされなくなりその後は、人の手を離れ自由になったリュウキュウツキミソウはより逞しくなり他の植物との生存競争にも負けること無く他の花や植物と共存しながら今年もサンシャインビーチで咲いている姿は以前より輝いて見えた。

琵琶湖叙景

2024/05/16

今日の琵琶湖は北西風が強く少し肌寒く感じる日になった。日本海側を寒気を伴った低気圧が通るためと天気予報が伝えていた。強い風を受けて湖岸を東へ向かう時は楽ちんだが帰りは向かい風ではと、考えて遠くへ行くのを止めた。低気圧が日本海側を通過する影響で空の様子の変化が早く雲の動きを楽しめた。そして強い風なのに大きな波は立たず風が湖面に絵を描いてくれた。打出浜に佇んで辺りには誰もいない空間で自然の大きな揺らぎを感じた。

東海道叙景

2024/05/15

今日は曇り日でお天気はイマイチだ。雨の心配はないと湖岸ポタリングへ出かけた。浜大津港では大型船のミシガン号、ビアンカ号そして学習船うみの湖号も出港した桟橋には船影もなく静かな佇まいだ。久しぶりに桟橋を入れ比叡山を撮ると、やはり山麓いや湖岸に立ち並ぶ高層の集合住宅群の衝立が不自然な琵琶湖の現代風景を見せてくれた。帰路は町中へ向かい東海道を走った。東海道の町並みも昔の面影を残す処は少なくなった。饅頭を売るお店、餅兵と料理屋魚忠が在る付近から通りを見ると突き当りの山には三井寺の観音堂が正面に見え昔のメインストリートだった事が想像できた。餅兵で蓬餅と柏餅を買って東海道をゆっくりと自転車で進むと急に道が広くなった。大津駅前通りから西に向かう東海道は新しく整備され近代的な東海道となってしまった。道は石畳風に、そして集合住宅の入り口だけが昔の門構えにされたりして昔の風情を感じさせると言いたいが、国や行政の指導で進められるチグハグな風景の修正工事では昔の東海道を想像することは僕にはできなかった。妻籠宿や馬籠宿の様な狭い道が昔の街道が原風景だからだ。大津の町は開発が進み古都の面影を感じる場所は何処に在るのかと記憶を辿った。

液晶ディスプレイ

2024/05/14

今夕のテレビニュースがシャープが大型の液晶ディスプレイの生産を止めると伝えていた。シャープの「世界の亀山モデル」と言われた液晶テレビは2001年に発売されて人気の液晶テレビだった。僕のテレビの歴史は小学校の時、テレビ列車なるもので小さな円形?のブラウン管にモノクロの人の顔が映し出されるラジオの形をしたものを見たのが最初だ。中学生の頃は街頭テレビが浜大津近くの川口公園に設置され多くの人が群がって見物していた、そして家にはテレビはなく電気屋の店頭か町の食堂に在るくらいで少年たちの間ではプロレス人気で友達と、食事代を持って食堂で力道山と木村の試合を見たのも懐かしい思い出だ。父は昔気質でテレビは買わなかったが僕が高校へ進学した時に我が家にもテレビが来た。その頃でもテレビは各家には無かった時代だ。もちろんモノクロのテレビで大津は受信状況が悪くゴーストが出て映りも悪かった、映画はララミー牧場や名犬リンチンチン?そして名犬ラッシーを見た記憶はブラウン管テレビの思い出だ。東京オリンピックではカラーテレビ(ブラウン管)が広がる切っ掛けを作った。そしてオリンピック後にカラーテレビが広まったが大津では映りも悪く僕はテレビよりも映画好きなのでテレビは余り見なくなっていた。ブラウン管から液晶テレビへと変わった時代の記憶は朧気だ。美しい液晶ディスプレイに映し出される番組は美しいと思ったが映画の完成度には及ばないとテレビから離れていったのは21世紀に入ってからだ。今では大型の液晶テレビより小型のスマホが主流でテレビ業界も以前程元気がないと聞く、新聞の購読数も減るばかりだ、時代は大きく変わった。新聞を読まない人やテレビニュースを見ない人たちが増える時代は良い社会なのだろうかと少し考えた。日本から大型液晶テレビの生産がなくなるニュースを聞くとテレビの時代は終わったのかと少し寂しくなった。
写真三枚目は蜃気楼を観察する蜃気楼研究会のメンバー伊藤さん富田さんが夕方遅くまで撮影していた。

オーロラのニュース

2024/05/13

テレビのニュースが太陽フレアの影響で日本でもオーロラが見られると伝えていた。太陽の表面で起きる核融合反応の映像を見ていると原子爆弾や核兵器そして原子力発電事故を思い出し恐ろしく感じた。太陽と地球の間は光の速さで8分も掛かる距離と地球を取り巻く空気の層がバリアになって放射能らを防いでいるから生物が生存できる事は誰でもが知っているが原子力発電所が地球上にあるのは大変危険なことを知っているのだろうか?太陽と地球は149597870700メートルととてつもない距離をおいているのに原子力発電所は距離はなく地球上にあるのは何故と・・オーロラのニュースを見ながら核反応と核融合反応も同じようにおもえ、核兵器も原発も地球上には不要とおもうのは間違っているのだろうか?

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