中島省三の湖畔通信

駅跡の桜そしてサライへ

2024/08/29

今日は雨で湖岸ポタリングを諦めて市役所前のカフェサライへ出かけた。向かう途中で石坂線の駅跡を通ると桜の木が伐採されていた。この駅は別所駅として戦時中は陸軍基地や少年飛行兵の訓練所があり賑わった駅だ。戦争の時を見つめた桜の木の記憶は消えたのか?と少し虚しさも感じた。そして皇子山運動公園の入口近くには石碑があり、此処が少年飛行兵の修練場だったことを知らせていた。僕も5歳の頃、今から79年前に隣の軍属に連れられてプライマリーグライダーを練習する少年飛行兵の姿が朧気な記憶として浮かんできた。平和な時代の続くことを願いながらカフェサライへ向かった。カフェは別所駅から北へ200メートルに出来た市役所前駅の近くだ。お店は基本的に開業時と変わらない姿だ。中へ入るとテーブルの上に花が置いてあった。よく見るとメッセージカードに祝開店50周年とあった。マスターに50周年おめでとうございますと伝えた。半世紀の存在感を漂わせる店内でエスブレッソコーヒを飲んだ。開店時と変わらないメニューで続ける事は凄いと思った。

今日の琵琶湖は

2024/08/28

今日の琵琶湖は東南の風が強く吹いていた。多分、台風10号の影響ではと思った。打出浜湖岸から湖面を見ると風が強い割に波立っていないのは藻が異常に多いからだ。風が吹き集めるのか湖面の色が緑色(アオコ?)の様にも見えた。台風の動向が心配だ。

廃墟の零年

2024/08/27

湖畔通信を書こうとパソコンの前に・・・付けているテレビから終わらない戦争の番組が流れていた。今、僕が読んでいる本「廃墟の零年」イアン・ブルマ著の内容にある1945年の時代、戦争が終わったから世界は何もなかったかの様に平和な時代になったのではと単純に考えていた。本を読み進む中で戦勝国、敗戦国、捕虜、抑留、処刑・・・・廃墟とかした戦争の跡地で国が正常になるまでの人間の行為や行動には言葉を失うしかない内容が語られる、戦争は戦っている間も終わっても簡単に平和にならないことを知った。テレビ(NHKのEテレ)では終わらない戦争の中で抑留の話を主題の番組と今、僕が読んでいる本「廃墟の例年」とリンクした。著者イアン・ブルマは1951年生まれだ。其の著者が記した「廃墟の零年」を8月の忌まわしい戦争の記憶の月に読み終えようと思った。

台風が近海に

2024/08/26

台風が近海にあると雲の動きが激しく空を見ていても飽きる事なく楽しめた。浜大津湖岸では風が強く吹いても湖面が波立たないのは藻が茂っているからだ。藻のない水面には波紋が美しく走っていた。打出浜の湖面を見ると緑色の湖面が人工着色した様にも見え面白かった。でもアオコでは心から楽しめ無かった。柳が崎湖畔公園の渚には藻が打ち上げられていた。台風10号が心配だ。でも琵琶湖の水位が上昇するから、台風にも期待するしかないと琵琶湖を眺めた。

活発な積乱雲

2024/08/25

今日は朝から雷鳴が聞こえ不安定な天候を知らせてくれた。幸い三井寺の散歩でも帰宅するまで雨に出会わずにすんだ。午後も夕立が来るのではと期待したが遠くで雷鳴が聞こえるだけで雨は降らなかった。夕方、湖岸へ積乱雲を撮りに出かけた。琵琶湖の周辺には積乱雲の衝立が見えた。

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