中島省三の湖畔通信

琵琶湖の日

2024/07/01

今日7月1日は琵琶湖の日だ。1980年に富栄養化防止条例が施工され一周年を記念して琵琶湖の日が制定された。各町内では7月1日付近の日曜日に身近な河川清掃をするのが習わしになった。残念ながら昨日は雨で中止となった。雨で写真も撮れず久しぶりのアーカイブ写真を載せることにした。一枚目は2003年頃に撮った、烏丸半島の航空写真だ。博物館の東側空き地には大型のレジャー施設が計画されている、人工サーフィン施設だ。1970年代は自然が美しい烏丸崎は砂嘴の面影を残す水の原風景を感じる場所だった。琵琶湖は観光化されるばかりで自然環境が心配だ。二枚目は唐崎神社の空撮写真だ、2001年頃には唐崎の松は健在だった。今年の3月に訪れると枯れていた。唐崎の松の再生は何時頃にと・・もう松を見る時間は僕には無いと思った。

昨日とは打って変わって

2024/06/30

昨日とは打って変わって悪いお天気となった。やはり梅雨かと何時もの散歩、三井寺へ出かけた。お天気も悪く訪れる人も少なく静かな境内を歩いた。夕方近く雨の降っていない時間をねらって湖岸ポタリングに出かけた。琵琶湖の水位は少しプラスになっているようだ。夏場の水需要を考えればプラス水位を維持しておかないと安心できないと雨情琵琶湖を眺め写真に撮った。
晴れの琵琶湖の写真は昨日の撮影です。

五月晴れ

2024/06/29

今年の梅雨は意外と五月晴れの日が多いと感じた。午前中は青空で雲が躍動していた。午後は積雲が多く出るも積乱雲に発達することもなく爽やかなお天気で湖岸ポタリングも楽しめた。におの浜ではハルジオンが最盛期を迎え白い可憐な花が湖岸を彩っていた。浜大津公園の木々たちは剪定されて何だか殺風景な風景になった。梅雨明けすれば木陰も必要ではと思った。

商店街近況

2024/06/28

嵐でない限り雨の日も三井寺へ散歩する、ビニール傘に当たる雨音は鈍く余り好きでないが、番傘の新しい傘での雨音は今も心地よい音として記憶にある、境内を流れる用水路も雨を集め音を立てながら流れていた。今日は気圧の加減で体調イマイチで家に籠もっていたが、午後遅く小雨になり商店街へ散歩した。今までシャッターが閉まっていた場所に小さなお店が出来ていた。商店街は寂れているが何軒かの新しく出来たお店もあり、おにぎり専門店では行列の出来る日もあるほどだ。電車通りの菱屋町の入り口には医院が間もなく完成すると商店街の入り口両側は歯科と内科・スポーツ整形の医院になりそうだ。超高齢化社会では商店街に医者も良いのではとおもいながら寂しい商店街を歩いた。

水無月

2024/06/27

水無月と言えば和菓子の水無月を思い出す。和菓子が好きな父は出かけると必ずお菓子を土産に帰ってきた。6月が終わりに近づくと大津の饅頭屋や和菓子屋の店頭には三角の外郎の上に小豆を乗せた水無月が並ぶ光景は今も映像として浮かぶ、商店街の近くには10軒を数える饅頭を売る和菓子屋が在った。今も名前を思い出すことが出来る、近くから、お時餅、親玉、きも玉、日の餅、少し離れて餅兵と光風堂、松月堂そして上菓子屋の鶴里堂、藤屋匠、亀屋大安と多くの店が繁盛していた時代が在った。今日は湖岸ポタリングの帰り道、江戸時代から続いている京町通りの餅兵に寄った。昔ながらの佇まいを残しているお店は旧東海道に相応しいと写真に撮った。店先のガラス戸には綺麗な字で水無月と書かれていた。流石、6月30日の水無月を食べる日が近いのか、何時もなら黒砂糖入水無月が並んでいたが今日は本来の白い三角の外郎の上に小豆を乗せた本来の水無月がウインドウに並んでいた。傍らを見ると熟れた字で夏越の祓えに水無月を進める張り紙が在った。そして奥の隅には江戸時代と明治の饅頭を運ぶ螺鈿仕様の箱が在った。水無月の三角は古来より氷を表すそうだ。水無月を四個買って帰路についた。和菓子屋は商店街で残り四軒となった。

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