現代写真事情
2024/06/01
カメラ好きには不便な時代になった。僕がカメラ小僧だったころはいたる所にカメラ店が在った。そんなカメラも今では大型量販店の電化製品として売られる時代だ。つい最近まで西大津のイオンにはカメラのキタムラがありフイルム現像やプリントにも対応して一応間に合っていたが1月に閉店となり、現在は市内にある写真店、みどりや、だけとなった。写真の大伸ばしらは京都へ出なければ対応できなくなった(ネット注文も可能だが)。今日は百円商店街のイベントで大津の商店街は賑わっているが本来の商店街ではなくなった今、自分の欲しい物は買えないのが実情だ。京町のみどりやにも百円商店街の旗は上がっているがカメラを売っている店ではなくデジタルプリント対応の店だ。以前はカメラも販売していたが今ではフイルムが一種類売られているだけだ。今ではスマホが写真全般を受け持っている時代では写真を紙焼きする人は少なくなるばかりだ。そしてデジタル一眼レフも決して完成度は高くないと思っている、撮像素子にはホコリやゴミが付きやすく自分で清掃するにも大変な作業を強いられる、業者に頼めば高くつく、パソコンでゴミを除く事も出来るがめんどな作業だ。今日も撮った写真を確認するとゴミが写っていた。スマホではホコリやゴミの問題を聞いたことがない、高級なデジタル一眼にはゴミやチリが付くのは欠陥品ではとおもってしまうこの頃だ。やはり心に残る写真は自分の脳に記憶するしかないと考えてしまうカメラ爺だ。
小さな異変?
2024/05/31
5月もあっという間に時間が過ぎてしまった。今日は月の最終日を飾る写真でも撮りたかったが生憎の空模様で諦めた。例年なら三井寺でギンリュウソウの花が彼方此方で不思議な花を咲かせてくれる筈が今年は非常に少なく門前のレストランの小さな庭に一本か二本咲いているのを見かけるも写真に撮るほど存在感がなかった。三井寺の小さな異変?ギンリュウソウが咲かなくなったのも地球温暖化の進んでいる影響かと思うと今年の猛暑が心配になってきた。
シナリオ作家のエッセイ
2024/05/30
午前中に散歩と湖岸ポタリングを済ませ午後は散らかった部屋の掃除をした。部屋の彼方此方に散乱している本を片付けることから始めた。本に挟まっているプリントされた冊子などもあり目を通しながらなので一時間経っても捨てる雑誌が十冊ほどでは先行きが見込めないと諦めた。そしてプリントされた冊子を見ると去年9月に永眠された、シナリオ作家の深尾道典さんのエッセイに目が留まり、つい読んでしまった。深尾さんとは親しくお付き合いさせていただき生前は僕が写真ハガキで湖畔通信を出すと封書で手紙が届いたのはお元気な70歳代だった事を懐かしく思い出しながらエッセイを読むと深尾さんの声が聞こえてくる様で幾つものエッセイを楽しんだ。エッセイは水のテーマが多く琵琶湖や愛知川での少年時代の体験や東近江の土地の暮らしや画家や詩人そして映画の話題までと幅広く語られる小さな物語を楽しませてもらった。三井寺の書院で僕の琵琶湖の写真展が在った折にお出会いしたのが今から8年前だった。もう琵琶湖や水の話をさせてもらうことは出来ないが頂いた本やプリントを再読しながら琵琶湖の美しさを再認識して新しい発見ができればと思った。
青空を見て
2024/05/29
雨後の青空には積雲が躍動する姿を見ていると少し元気をもらった気分になった。毎日の散歩や湖岸ポタリングは続けているが体力の衰えを感じるこの頃だ。何といっても環境の良い処に暮らせているお陰で毎日見る空の様子や琵琶湖を眺め写真を撮ったり出来る人生に感謝しかないと青空を見た。最近はスマホを触る時間を短くしてからインスタグラムへの投稿を止めた。美しい琵琶湖や大空は自分の目で見る時間を大切にしようとデジカメで撮る写真の枚数も減った。そして気忙しく写真を撮ることもなくなった。ゆっくりと撮れるフイルムカメラで撮るのも良いと思うこの頃だ。
雨の日も楽し
2024/05/28
天気予報通り風も強く傘を差していても少し濡れた。三井寺観音堂展望台から雨情琵琶湖を眺め楽しんだ。足元を見ると風と雨そして落ち葉が見事な自然のアート作品を見せてくれた。落ち葉の龍にも見えた。午後、降りしきる強い雨の中、市役所前のカフェサライへ出かけた。途中、小さな川が濁流になっていた。幅1メートルほどの川、もちろんコンクリートの三面張りの河田だ、流れが強く浅くても立てないと思った。水難事故は何処でも起きると認識した。サライのテーブルにはさり気なくペットボトルに芍薬が生けられていた。窓越しに見る雨の風情も良いものだとデジカメのシャッターを押した。

















