中島省三の湖畔通信

朽ちるモノ壊されるモノ

2024/10/15

打出浜琵琶湖文化館横の桟橋が朽ち果てる姿には郷愁や哀れを感じる一方で北国街道沿いの料亭の解体には時の流れ感じるだけなのはコンクリートと鉄では人が哀れや郷愁を感じる時間枠が違うからか?それとも破壊と朽ちてゆことの違いかと両者を見ていると命は破壊されるよりも静かに朽ちて行く方が相応しいと思った。京阪石坂線三井寺駅の踏切で機関車トーマスのラッピング電車を眺めていると郷愁も哀れも吹き飛んでしまった。

祭りは終わった・・

2024/10/14

祭りが終わり昨日の賑わいは時の流れの中へ消えた。僕はお祭り始まりよりも終わりの空しさの方が好きだ。賑やかな祭りも終われば何も残さない静かな佇まいの空気感が好きだ。大津の商店街も元の静かさに戻り何故かホッとした。湖岸も連休の最終日なのに静かだった。華やいだ町に暮らすよりも静かな町で静かに暮らせる幸せが良いと思うこの頃だ。湖岸に佇んで空を見上げると飛行機雲が多く見えお天気が下り坂と教えてくれた。

大津祭曳山巡行

2024/10/13

今日は大津祭の曳山巡行の日だ。秋晴れの下、天孫神社に13基曳山が勢ぞろいした姿は壮観だ。其の姿を写真に撮っていると35年前、大津歴博の依頼で大津の祭りの映像記録を撮っている頃を思い出した。僕は40代後半で思いべカム(業務用ビデオカメラ)を担いで若いスタッフたちと大津祭を撮影を熟していた。でも今持っているデジカメはズームレンズを外した単レンズの軽いデジイチでも重く感じるこの頃だ。曳山に携わる人達も随分と変わり顔見知りも少なくなった。知っている報道カメラマンもいなくなった。知った人に出会うのも少なくなったり浦島太郎の気分だ。でも撮影意欲はあり80枚ほどシャッターを切った。湖畔通信に使う写真を選んでいるが納得の写真は少なく自分のイメージと離れた写真が多いと思った。お祭り日和で大津の商店街も随分と賑わっていた。

大津祭宵宮賑わう

2024/10/12

今日は大津祭宵宮で町は大賑わいだ。大津の町が賑わうのは花火大会と大津祭だけでは寂しいが此れが現実だ。大津祭は以前は四ノ宮祭りと言っていた、そして10月10日が曳山巡行で9日が宵宮で昔から賑わっていた。僕の祖母はお祭りに詳しく十三基の曳山の言われやカラクリの事を説明してくれた記憶はあるが残念ながら祖母の語りは忘れてしまった。今日は夕食後、曳山が展示してある町内へと出かけた、家から15分位で行ける場所だ。好天に恵まれ想像を超える人が訪れていた。十三基の曳山を見るつもりで出かけたが曳山のお囃子を聞いて満足したのと疲れで全部の曳山を見るのを諦め帰ることにした。84歳の老いを感じる宵宮となった。スマホの歩数計を見ると1万歩を超えていた。

綺麗になった湖面

2024/10/11

秋晴れの琵琶湖を眺めると水草刈り取り船スーパーかいつぶり号と藻の運搬船が見えた。9月上旬の湖面は藻が台風の影響で湖岸に集積していた。異臭を放ち湖上は一時ひどい状態になっていた。一月以上も除去作業が続いたがスーパーかいつぶり号やドイツ製の刈り取り船の導入もあり湖面は綺麗になった。間もなく渡り鳥がやって来ると寂しかった琵琶湖にも賑わいが戻ると短い秋を楽しむ間もなく冬がやって来そうだ。四季の豊かな移ろいが楽しめなくなってくる地球温暖化が心配になってきた。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる