中島省三の湖畔通信

小さな環境変化

2024/10/10

普通に当たり前の場所で見られた雀の姿が見られなくなったのは何時頃と考えても分からないほど身近な自然環境の変化を見落としていることの怖さを感じた。チュンチュンと庭や家前の道路で見かけた雀は湖岸でしか見られなくなった。今年の夏は三井寺の蝉時雨も以前ほどの迫力は感じられなかった。僕の嫌いなハエは家内では見かけることはほとんど無くなった。朝の散歩で普通に道端や疎水近くで見かけるのはハクセキレイだけだ。そして湖畔通信に載せる写真も今年は蝶や蝉らを身近で撮ることが出来なかった。ヤモリの姿もめっきり見かけなくなった。メタリックカラーの美しいトカゲの姿も目にしなかった。温暖化による地球の気候変動の影響で自然の生態系が変化して来たのだろうかと思うと少し怖くなってきた。秋に入ったが虫の鳴き声を聞いていないから心配になってくる早くコオロギや松虫の鳴き声を聞いて少し安堵したくなった。

変わりゆく町

2024/10/09

ご近所の料亭も店を閉じられた。北国街道に面した老舗料亭は明治時代に開通した琵琶湖疏水と同じ頃に開業された。街道は昔の面影を残すこと無く拡張された道路が工事中だ。料亭や旅館そして饅頭屋、洋品屋、洋服屋などが並んだ北国街道は何でもない新しい住宅が並ぶ道路に変化してしまった。大津市の面積は大きくなったが湖岸に衝立のように聳える高層の集合住宅が増えるばかりで町の賑わいには繋がらないのが現状だ。
写真二枚目浜大津湖岸では修学旅行?の学生が釣りをしていた。

今日の散歩写真

2024/10/08

毎日の湖岸ポタリングで走っていると浜大津からにおの浜の湖畔には咲いている花もなく彩りのない寂しいシーズンだ。イベント企画で展示されている作品も夜がメインなのか大きな昼行灯にも見えた。膳所市民プラザには大きな施設が姿を表した。僕は湖畔の大きな空間が好きだった。湖畔の空き地は災害が起きた時の避難場所として必要だったのではと大きな広場に大型ヘリ(救難ヘリコプター)が降りていた事を思い出した。

戦争と芸術

2024/10/07

ピカソの描いたゲルニカは戦争に対する怒りのメッセージとして世界的に有名だ。ピカソのゲルニカを題材にした小説「暗幕のゲルニカ」(原田マハ)を読んでいると時間は戦争の時代1940年代と変わっていないのではとおもった。1937年4月26日にスペインのバスク地方の都市ゲルニカへドイツ空軍が無差別攻撃での惨状に怒ったピカソが描いたゲルニカは有名な絵だ。僕は本物は見たことはないが、其の素晴らしい絵ゲルニカを巡る物語を読んでいると芸術では戦争を止められないのではと思いながらも虚しくなってしまった。それは今も止まぬ戦争、イスラエルとハマスそしてウクライナとロシアの戦争は続いているからだ。そんな状況に心は痛むが何も出来ないもどかしさばかりが募るだけだ。本当に芸術で戦争が止められるなら最高の結果だが現実は戦争を止める術は存在しないのが現実だと思いたくはないが今日もイスラエルがハマスの市民を攻撃しているニュースを見ているだけの自分がいるだけだ。

湖岸の彼岸花

2024/10/06

湖岸で彼岸花が咲いていた。今年は見られないのか諦めていたから嬉しかった。やはり赤い花は青空が似合うと琵琶湖にも映える彼岸花を撮った。帰路、町中では次の日曜日の大津祭の曳山巡行に向けて山立てが彼方此方で行われていた。大津の町が賑わうのはびわ湖花火大会と大津祭だけでは寂しいと思った。休日の商店街はあまりにも静かすぎると自転車で通り抜けた。 

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる