中島省三の湖畔通信

写真日和

2024/03/14

寒さも和らぎ写真日和となった。近くの鹿関橋から疎水を見ると美しい水が京都へ向かって流れていた。疎水観光通船の姿は見え無いのは乗り場が浜大津港へ変わったからだ。浜大津港の展望デッキに出来た通船専用乗り場では営業開始に向けて準備をしている姿が見られた。僕は好天に誘われ、由美浜のカワヅザクラも満開になったとの噂につられて膳所由美浜へ自転車で向かった。途中、浜大津港の突堤を見ると上段ホールが一列に並ぶシンプルな姿は久しぶりだ。水位がマイナス14センチとなり琵琶湖が大きくなった様に見えた。由美浜のカワヅザクラは満開になっていたが、少し元気がない咲き方だとおもった。去年よりも二週間ほど遅く温暖化による不安定な天候の影響ではと思った。今朝、三井寺の展望台で見た桜木の蕾も小さく固く見えソメイヨシノも開花がおくれるのではと思った。今日も随分デジカメのシャッターを押した。フイルムカメラなら36枚撮りフイルム一本で収めただろうと100枚以上も撮ったのは写真日和だからと思った。

琵琶湖の深呼吸

2024/03/13

今朝の京都新聞の第一面には”琵琶湖の深呼吸”今年は遅め、の見出しで大きく取り上げていた。4年連続で深呼吸ができたニュースを見てホッとした。琵琶湖の深呼吸の言葉を初めて聞いたのは今から55年前僕が29歳の時だ。大津青年会議所のメンバーで琵琶湖の富栄養化問題を取り上げた環境問題映画「青の輝き」の撮影担当だった、その時に取材した滋賀大学の岡本巌先生が琵琶湖の深部90メートルの湖底まで酸素を多く含んだ水が浅いところから深い所まで全循環する事を琵琶湖の深呼吸と言われたことが最初だった。琵琶湖の深呼吸は岡本先生が初めて使用された造語だ。その琵琶湖の深呼吸の現象が起きたとテレビニュースが昨夜伝えていた。今日の湖岸ポタリングで見る琵琶湖は水位マイナス17センチとなり深呼吸が出来た琵琶湖の元気な姿が見られた。浜大津港の噴水展望デッキの一番下段には湖水が漂っていた。そして琵琶湖文化館も琵琶湖に浮かぶ安定した姿を見せてくれた。一先ず、琵琶湖の低水位の問題は解決したが、水鳥の多量死の問題も原因は未だ発表されないままだし、春から夏へと進む中でアオコや淡水赤潮らの発生も心配だと思った。

雨の坂本

2024/03/12

今日は坂本のKクリニックで検診を受けるために石坂線で比叡山坂本駅へ、着いてみると駅前は変化していた。日本最古の茶園?が道路の拡張工事で姿を変えていた。そして発掘調査も行われていた。日吉大社へ向かう県道の拡張工事で大きく変化した町並みを下った。歴史在る小さな神社も移転されるのか準備がされていた。鄙びた町並みが車道と歩道を備えた広い道路へ姿を変えるのかと小さな祠と鳥居を撮った。大宮川の川床も土砂の除去作業で草木が消え三面張りの味気ない川になった。検診を終えて鶴喜へ店内に入ると電話は弐番の文字が目に、有名な宣伝文句、味は壱番、電話は弐番、店は角から参軒目を思い出した。鶴喜の店前から南へ向かう街道は昔ながらの佇まいで風情在る町並みが雨で何時もより情緒を感じた。

今日も折角書いた文章が消えた?

2024/03/11

今日も折角、湖畔通信の文を書いたのにマウスを移動中に消えてしまった。残念・・・皇子が丘公園のハツミヨザクラを見に行ったが花は例年よりも精彩が無かった。久しぶりにマグレでメジロの写真も撮れた、帰路、鳥撮り少年のHくんとお母さんが皇子が丘公園に来ていた。Hくんは鳥撮りに熱中していてハツミヨザクラの咲いている場所には向かいそうには見えなかった。すると近くを彩りも鮮やかなインコをケースに入れ散歩する人が通りがかり思わぬ出会いでインコも見ることができた。・・・消えた文を諦めて少しだけ書いた。

マラソン大会

2024/03/10

春のマラソンと言えば、びわ湖毎日マラソン大会だが2021年を最後に琵琶湖での開催が終わった。そして一年の空白期間があったが去年2023年に市民マラソン大会として復活した。去年に続いて、2024びわ湖マラソン大会が行われ、7000人のマラソンランナーが参加する大規模な大会だ。僕は三井寺の展望台から陸上競技場に集まる大勢の参加者を撮ろうと出かけた。競技場は三井寺の北側に在り展望台から1000メートル位の距離で望遠ズームを付けたデジカメのファイダーを覗くと競技グランドに集まったマラソンランナーで賑わっていた。スタートを撮りたいが、やはり間近で写真を撮りたいので何時もの撮影ポイント三保が崎の第2疎水の橋へ急いで石段を降りた。帰宅後、すぐに自転車で撮影場所へ向かうと、既に国道に白バイの姿が遠くに確認された。先頭集団は8人が次の集団を大きく離して走り去ると市民ランナーの大集団が続いた。デジカメ、フイルムカメラそしてスマホで次々走り去るランナー集団を撮った。橋が揺れているのに気づいた。人間何千人が走れば頑丈な橋でも重量のある車が走るのと同じだと思った。走って来る群衆マラソンランナーの迫力は以前の毎日マラソンでは味わえなかったと事だ思った。そして我が家の長男も参加している、5000番台のゼッケンを探すも動体視力が落ちた老人には難しいと諦めていたところ急に声を掛けられたがカメラを構える間もなく走りすぎ辛うじて後ろ姿だけは撮れた。まだランナーの集団が続いている情景を見て7000人が参加する市民マラソン大会の規模の大きさに驚いた。撮影を止めてもまだランナーの列は続いていた。

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