鳶
2024/01/29
鳶は僕の好きな鳥だ、羽ばたきもせずに飛翔する姿はグライダーを想像させてくれるが、鷹や鷲のように獲物を狩ることがなく、腐肉や残飯が主食でタカ目タカ科の鳥として低く見られているから気の毒だ?人間がそう見ているだけで鳶は気にしていないし上下の差別も鳥の世界にはないからと人間目線が恥ずかしくなった。そして腐肉や残飯を綺麗に掃除してくれるカラスと同じで人間社会のゴミを掃除してくれる益鳥ではとおもった。そして鳶は、時には湖上に浮いている魚の死骸を見事な低空飛行で足爪に引っ掛る技はタカ科の面目を保っているのではとおもった。そして鳶は何時も見られるから写真に撮ることはないが、今日は違った、湖上の杭に止まった姿はやはりタカ目タカ科のカッコいい鳥だと感じ思わずデジカメのシャッターを押した。
映像の時代
2024/01/28
一億総カメラマンの時代と言われる現代社会ではスマホで映像や写真を撮る人が殆どだ。僕はスマホでも撮るが、デジカメやフイルムで撮るのが好きだ。湖岸でもスマホで写真を撮って、実際の琵琶湖の風景を眺める人は少ない、まして湖岸に佇む人も少なくなった。風景を自分の脳に記憶するよりスマホに記録させる、それは外付けの脳ではと思った。料理やケーキらも食する前にスマホで撮るのが日常になったみたいだ。実物を見るよりデジタル映像化されたものをスマホ画面で見る方が本物の時代になったのだ。今日、読みかけの本「森羅映像」【吉田直哉著)を読み終えた。30年前の本だが、今も内容が古く感じないのは作者が映像の未来が分かっていたからだと思った。ドキュメンタリーについて語っている内容は今も変わることはないと思いながら読んだ。僕も琵琶湖をドキュメントした映像を何本も作ったが、レンズを通した僕の見た琵琶湖で、実際の琵琶湖とは別次元で、あくまでも映像は表現なのだと思った。本の最終ではマイノリティー・ウォッチングと題して少数派と多数派が変化する話で終わっていた。映像が氾濫する時代でも、キラリと光る素晴らしい映像を期待しながら未来へ向かうしかないと思った。
写真一枚目の疎水の桜の木が白く見えるのが気になった。
琵琶湖の眺め
2024/01/27
毎日の僕のルーティンは三井寺への散歩そして湖岸ポタリングだ。それだけで十分だと思うこの頃だ。毎日、湖岸から見る琵琶湖の眺めは飽きることがないと今日もデジカメで撮った。青空に雲があれば最高だ。雲の美術館は同じ作品を展示することがないから迫力在る空の情景を眺めた。琵琶湖の水位も順調に回復してきそうだと浜大津港の突堤を見て安心した。
ジュネーブ構想?
2024/01/26
今日も寒波の影響で琵琶湖上空も雪雲に覆われて雪がちらつく寒い日となった。毎日の湖岸ポタリングは余程の悪天候以外は休まないから、今日も出かけた。浜大津港突堤の丸い水抜き穴を見ると二段目の穴が円形に見え水位が少し上がった事が分かる、パソコンで見るとマイナス65センチに水位が上がっていた。湖岸に佇んで比叡山を見ると上部は雪雲に隠れ、湖岸の構想集合住宅群が衝立の様に立ちはだかっている光景を眺めていると,越市長時代の2018年に打ち出されたジュネーブ構想計画が浮かんできた。頓挫してから数年以上過ぎたが、何故スイスのレマン湖なのかと、その当時思った。世界的な観光国スイスと何も琵琶湖を結び付けなくてもと違和感を感じた事を思い出した。琵琶湖観光の拠点を謳う浜大津港の冬の現況は余りにも寂しすぎるとおもった。まだ京阪レークセンターが存在した頃は夏はプール、そして冬はスケートリンクがあり其れなりに賑わっていた。現在は埋め立て地に大きな大きな港湾?施設に大型船が停泊して一応観光船のターミナルに見えるが、何時も静かな佇まいだ。琵琶湖ホテルと併設するレジャー施設のアーカスも、アレックスシネマが閉鎖されてからは入ったことがなく外から見る限り寂れた感じのままだ。膳所市民プラザは改修整備で「たねや」の施設が来年完成するらしいが肝心の浜大津港近辺は寂れたままでは、賑わいを呼び込むことは無理ではと静かな冬の浜大津港を写真に撮った。
雪景色
2024/01/25
雪景色を撮ろうと期待していたほどの雪は積もらなかった。雪と言えば、大雪の日に三井寺の山中でクロカンスキーで大怪我をしたことを思い出した。その日は30センチ近く積雪があり、歩くスキーなら楽しめると三井寺の境内を歩き展望台から山道を歩き山中にスキーを進め、止せばよいのにクロスカントリー・スキーで細い山道の急斜面を滑り降り転倒、そして岩に当たり股関節を骨折した。たかだか千メートルの距離を二時間以上かけて観音堂までたどり着いた事を、展望台から雪景色を見ながら思い出した。あれ以来、スキーを止めているが未だに雪を見ると心が弾むから不思議だ。山スキーは無理だがゲレンデならスキーが楽しめるのではと思う時も・・でもドクターストップを思い出して諦めた。積雪が少なくおもった雪景色は撮れなかったが久しぶりの雪を踏むと忘れていない雪の感触を足に感じた。

















