爽やかな6月
2024/06/03
今日は爽やかな日となった。天気予報でしばらく良いお天気が続くと伝えていた。最近、デジイチ(一眼レフ)が重く感じるようになった。思いカメラを首から下げていると負担も大きいからだ。今日は10年以上も使っているデジカメを久しぶりに使った。やはり軽いカメラは老人にはむいていると再認識した。悪い不整脈ではないが脈が飛び脈拍数は50と少なく疲れる時もあるが一応元気で散歩や湖岸ポタリングに出かける毎日だ。夕方の湖岸ポタリングでは重いデジイチを自転車の前カゴに入れて湖岸へ向かった。やはりデジイチで撮る琵琶湖は雄大に見えるとファインダーを覗いた。
写真一枚目二枚目は古いデジカメで撮った。
浜大津港界隈
2024/06/02
毎日の湖岸ポタリングで通る浜大津港界隈の寂れようを見て昔の賑わいを思い出した。琵琶湖総合開発で浜大津港も琵琶湖を埋め立てて立派な港になったが開発の見通しに甘さもあったのか?大きな施設になったものの楽しさやワクワク感のない場所になってしまった。以前は狭いながらもプールやボーリング場テニスコートらもあり賑わっていた。プールは冬はスケートリンクに変化した。そして関西航空が水上機を運行していて琵琶湖そして京都上空の遊覧飛行まで楽しめた。貸しヨットやボートもあり湖上は賑わっていた。今では湖岸には高層集合住宅群が衝立のように立ち並び景観は台無しだ。唯一の賑わいはと言えば年一回のびわ湖大花火大会のイベントに何十万人と人が押し寄せるその日限りの賑わいがあるだけだ。県や行政は琵琶湖の自然を事あるたびに利用するが本当に自然が残っているのかと琵琶湖総合開発後の人工化された南湖の実情を知っているのかと言いたくなるのが現状だ。
現代写真事情
2024/06/01
カメラ好きには不便な時代になった。僕がカメラ小僧だったころはいたる所にカメラ店が在った。そんなカメラも今では大型量販店の電化製品として売られる時代だ。つい最近まで西大津のイオンにはカメラのキタムラがありフイルム現像やプリントにも対応して一応間に合っていたが1月に閉店となり、現在は市内にある写真店、みどりや、だけとなった。写真の大伸ばしらは京都へ出なければ対応できなくなった(ネット注文も可能だが)。今日は百円商店街のイベントで大津の商店街は賑わっているが本来の商店街ではなくなった今、自分の欲しい物は買えないのが実情だ。京町のみどりやにも百円商店街の旗は上がっているがカメラを売っている店ではなくデジタルプリント対応の店だ。以前はカメラも販売していたが今ではフイルムが一種類売られているだけだ。今ではスマホが写真全般を受け持っている時代では写真を紙焼きする人は少なくなるばかりだ。そしてデジタル一眼レフも決して完成度は高くないと思っている、撮像素子にはホコリやゴミが付きやすく自分で清掃するにも大変な作業を強いられる、業者に頼めば高くつく、パソコンでゴミを除く事も出来るがめんどな作業だ。今日も撮った写真を確認するとゴミが写っていた。スマホではホコリやゴミの問題を聞いたことがない、高級なデジタル一眼にはゴミやチリが付くのは欠陥品ではとおもってしまうこの頃だ。やはり心に残る写真は自分の脳に記憶するしかないと考えてしまうカメラ爺だ。
小さな異変?
2024/05/31
5月もあっという間に時間が過ぎてしまった。今日は月の最終日を飾る写真でも撮りたかったが生憎の空模様で諦めた。例年なら三井寺でギンリュウソウの花が彼方此方で不思議な花を咲かせてくれる筈が今年は非常に少なく門前のレストランの小さな庭に一本か二本咲いているのを見かけるも写真に撮るほど存在感がなかった。三井寺の小さな異変?ギンリュウソウが咲かなくなったのも地球温暖化の進んでいる影響かと思うと今年の猛暑が心配になってきた。
シナリオ作家のエッセイ
2024/05/30
午前中に散歩と湖岸ポタリングを済ませ午後は散らかった部屋の掃除をした。部屋の彼方此方に散乱している本を片付けることから始めた。本に挟まっているプリントされた冊子などもあり目を通しながらなので一時間経っても捨てる雑誌が十冊ほどでは先行きが見込めないと諦めた。そしてプリントされた冊子を見ると去年9月に永眠された、シナリオ作家の深尾道典さんのエッセイに目が留まり、つい読んでしまった。深尾さんとは親しくお付き合いさせていただき生前は僕が写真ハガキで湖畔通信を出すと封書で手紙が届いたのはお元気な70歳代だった事を懐かしく思い出しながらエッセイを読むと深尾さんの声が聞こえてくる様で幾つものエッセイを楽しんだ。エッセイは水のテーマが多く琵琶湖や愛知川での少年時代の体験や東近江の土地の暮らしや画家や詩人そして映画の話題までと幅広く語られる小さな物語を楽しませてもらった。三井寺の書院で僕の琵琶湖の写真展が在った折にお出会いしたのが今から8年前だった。もう琵琶湖や水の話をさせてもらうことは出来ないが頂いた本やプリントを再読しながら琵琶湖の美しさを再認識して新しい発見ができればと思った。

















