湖岸叙景
2024/05/26
湖岸ポタリングで走る湖岸も写真の被写体を探すのに苦労する時期となった。湖上には水鳥の姿も無く(数羽はいる)寂しい眺めだ。打出浜ではキンシバイが咲き始めた。黄色の花が咲くと僕はオオバナミズキンバイの花が湖岸を彩っていた頃を思い出す、特定外来生物の花で徹底的な駆除作業で大津の湖岸では見られなくなった。そしてキショウブも外来植物で駆除されたのか湖岸では見られなくなったのは寂しいと思った。におの浜湖岸では何時も見かけるユーチューバーさんが今日はコスプレ?していた。カメラを向けるとポーズを決めてくれた。本業は釣具屋さんなので最近の情報を聞くと琵琶湖ではブラックバスが釣れなくなり売上にも影響があるようだ。一時は琵琶湖のギャングとまで言われたブラックバスを釣り上げる人を見かけなくなった。最近ではモロコや鮎釣りをする人の姿を多く見かけるようになったのは良いことなのかと少し考えた。琵琶湖の水位は人工的に下げられ始めたのは梅雨の大雨を警戒してのことだと少し水位が下がった湖面を眺めた。
写真三枚目は昨日撮った。自衛隊大津駐屯地の湖岸風景には鉄条網が張られた湖畔。
キッズフォトさんぽ?
2024/05/25
今日は大津子ども歴史探検実行委員会が企画主催するキッズフォトさんぽ、に参加したのは僕も協力しているからだ。今日の散歩場所は自衛隊の大津駐屯地で場所は大津際川町なので家から自転車で向かった。集合場所は際川町自治会館で親子で参加するする人も多く小学一年生の子供も数人参加していた。10時に「写ルンです」の使い方を簡単に説明した後にゲストの方が際川にあった海軍航空隊の話が済むと自衛隊大津駐屯地へ出かけ、講堂で自衛官から駐屯地の説明を受けてから、やっとフォトさんぽとなった。小さな子どもたちには退屈なお話の時間が長かったのではと思いながら駐屯地内の施設を自衛隊員の説明を受けながら回った。子どもたちが興味を持って「写ルンです」で撮っているのは展示されている戦闘機や戦車などが多かった。戦争の歴史の遺跡的な格納庫や水上機を湖面から陸上の上げるためのスロープなどカメラを向けなかったのも、主催者側がもう少し事前にレクチュアすれば良かったのではと僕も反省しながら駐屯地内を歩いた。僕が飛行機を操縦して離着陸を繰り返した際川の飛行場は跡形もないが、僕は飛行場の跡は特定できると飛行場の在った場所の方向を見ると懐かしいエンジン音が風に乗って聞こえて来るような気がした。そして戦争が起こらないことを願いながら際川駐屯地から離れた。
写真一枚目は大津駐屯地ないにある戦前の格納庫です。二枚目は海軍基地当時から在るコンクリートのベンチと桟橋?
今日の散歩写真
2024/05/24
早くも真夏を思わせる暑い日となった。総門を潜り三井寺の石段を喘ぎながら登った。展望台から見る琵琶湖の眺めも素晴らしいが真下には先日重要文化財として此の度、文科省へ答申された観音堂の伽藍が見える、残念なのは鐘楼が見えないことだ。コンパクトに纏まった観音堂の境内を見るには展望台が一番だと思った。湖岸ポタリングに出かけると浜大津の一本木コロッセアム公園の絵になる木の下には大勢の人たちが夏の日差しを避けていた。此の木は何時も美しい円い影を見せてくれる此の木は何の木とつぶやきながらシャッターを押した。そして緑地の除草作業が終わるとグリーンの芝地が完成?でも僕は何時でもおもう琵琶湖を埋め立てて陸地にした結果、草が茂り一年数回の除草作業をしなければならなくなった。埋め立てをしなければ余分な作業の必要もなかったのではと考えてしまうのだ。
「なぎさ新聞」
2024/05/23
「なぎさ新聞」は小学生生・・今は中学生になった晴也くんが発行しているA4版の小さな新聞だ。晴也くんと知り合ったのは2年前のことだ。僕が毎日、湖岸ポタリングで走る浜大津港から膳所公園まで続く遊歩道の打出浜付近で出会ったのが最初だ。北風の吹く寒い湖岸で水鳥を観察している親子に声を掛けたのが始まりだった。何回か出会う内に言葉を交わすようになり自然と友達になった。晴也くんは鳥の名前に詳しく、そして動体視力が凄いから飛んでいる鳥の種類も直ぐに分かるから、僕は晴也くんに教えてもらう事が多く、湖岸での水鳥観察では先輩なのだ。その晴也くんが今日の夕方、お母さんと一緒に自転車で僕の家まで「なぎさ新聞」の2号を届けてくれた。第一面はカラー写真の琵琶湖の虹と過剰虹観察の大きな見出しが目に入った。うむ、初めて知る虹の名前に興味を持って記事を読んだ。虹、知っているようで知らない虹の話を感心しながら読んだ。二段目の記事は晴也くんお得意の水鳥の記事だ。此方も写真付きでスズガモの姿が分かり参考になった。何気なく見ている水鳥も名前や生態が分かると毎日の湖岸ポタリングも楽しくなるとおもった。封筒の中には小さな手紙が、その中に、第3号準備中と在った。僕は楽しみに待つことにした。
写真一枚目は膳所市民プラザの改修工事が進んでいた。大きな建物ができそうだ。二枚目は「なぎさ新聞」三枚目は浜大津港、大型の鯉の死骸が最近多く目につくようになった。
寂れる町
2024/05/22
僕の暮らす町は寂しくなるばかりだ。湖岸には高層の集合住宅が衝立の様に立ち並ぶ光景は豊かにも見える様だ。一方町中に足を踏み入れば商店街がシャッターの閉まった店が多く寂れた商店街だ。昔は自転車に乗って通ることが出来ないほど人で賑わっていた丸屋町商店街は人影もなく寂しい通りの片側の建物は取り壊されて更地になっていた。東西に伸びる商店街は過去には滋賀県では一番と言われる賑わいがあった。昔は通りには映画館が2軒もあり必需品は購入できた商店街は昔の面影も消え寂しい状況だ。でもこんな商店街もイベントの百円商店街の時は大勢の人が訪れるから不思議だ。菱屋町や丸屋町のネームバリューがあるのだろうか?日常の商店街の寂れようを見ると寂しくなるばかりだ。

















